第2話 変わる意志
「は~い、朝ご飯よ」
母さんがテーブルに朝食を並べていく。
トーストにスクランブルエッグ、ポテトサラダにエトセトラ。
久しぶりの豪勢な食事だ......といってもこの日常では当たり前なのだろけど。
そんな気持ちのせいかどうしても食欲がそそる。
俺はそのままトーストに齧りつく。
オーブントースターによって焼かれた香ばしいニオイと味に涙が出そうなぐらい美味かった。
前までの俺の食事なんてロクに味なんか感じなかったのに。
「美味い」
自然とそんな言葉が漏れた。
そんな呟き声が聞こえてたのか母さんは嬉しそうに「ありがとう♪」と答えていく。
そして、俺は朝食を楽しんだ。
朝食を終えると俺は一人部屋に戻り、現状を整理してみることにした。
まず俺―――早川拓海は35歳の時にこの世界を去った。
だが、目を覚ませばこうして若かりし姿に戻っている。
であれば、俺は一体何歳なのか?
カレンダーを見てみれば今日は2031年の5月6日。
過ぎた日付には律儀にバツ印がつけられていたのですぐに分かった。
つまり、俺は今高校一年生ということだ。
それも地獄がすでに始まっているという時期。
ま、高校生であれば例えどの年齢であろうと地獄に変わりないけど。
結局元の世界に戻ってきた理由はよくわかってないけど、戻ってしまった以上はもう母さんを悲しませるような思いはしたくない。
俺は変えなければいけない。
この先に待つ俺の破滅の未来を。
そんなゲームキャラに異世界転生した主人公みたいなことを言ってみても、俺に特別な能力があるわけじゃない。
つーか、この体をどうにかしなきゃな......。
俺の容姿は一言で言えばデブである。
確か今の俺は身長が155ぐらいでありながら、体重は80キロに近い数値いってるはず。
BMIの数値は酷いことだ。
「よし、まずはこの体から脱却する! つまり痩せる! そのための思考を考えろ!」
この年齢に戻ったせいか、はたまた母さんの姿をもう一度見たせいか思い出したことがある。
それは母さんが好きなマザーテレサの「5つの気を付けること」であった。
その言葉とは―――
思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。
この5つである。
俺が運命を変えるには過去もとい今の俺の腐った性根から叩き直さないといけない。
そのための思考に気を付ける。
もう弱気な言葉は吐かない。
そして、俺の言葉は行動に繋がる。
つまり今日から俺のダイエットはスタートするのだ!
と、その前に学校だ。
そろそろ登校しないと間に合わなくなる。
制服を見るのが怖い。
俺の負の高校生活の象徴だからだ。
一度目の俺は三年間全てが地獄であった。
我ながらよく耐えたと思うが、それでも心に負った傷が癒えることは無かった。
「いや、俺は変わるんだ。怖気づくな。もう母さんを悲しませるような未来にしてはいけない」
思考に気をつけろ。
俺の運命を変えるには俺の思考が根幹なんだ。
弱気になるな。
意を決して制服に袖を通していく。
久々の制服姿を鏡で見たけどコスプレ感が否めなかった。
俺の精神年齢的影響だろうな。
いずれ慣れるか。
俺はスクールバックに教科書を詰め込んでいく。
何が必要か分からないからとりあえず全部持っていこう。
相変わらずどれもボロボロだ。つまりそういうことだ。
さて、行くか。
俺はスクールバッグを肩にかけて玄関に向かい、靴を履いていく。
すると、母さんがどこか慌ただしく近寄ってくると俺に向かって言った。
「行ってらっしゃい」
母さんは俺がすでにいじめられてることをまだ知らない。
知らなくていい。
知る前にどうにかすればいいだけなのだから。
「行ってきます」
俺は元気よく返答し家を出た。
もう道なんて忘れたかと思っていたが、存在行き先は覚えてるみたいで自然と足が学校へと向かって行く。
ふと周りの景色を眺めてみた。
十数年の時が経って変わった部分あるが、全体的に言えばこれといって変化のない景色だ。
しかし、変化の違いを知っているせいか随分と懐かしく感じる。あ、ここってまだあったんだ。
そんなこんなで俺が住宅街を歩いているとふと俺の足はピタリと止まる。
それは前の世界ではもう高嶺の花の人物になっていて、このやり直しの世界の俺からしても遠い存在である久川玲子がいた。
相変わらず景色が場違いと感じるほどロングの銀髪を風にたなびかせて佇む姿は同じ人間とは思えない。
未来の若手有名女優である常盤レドのオリジナルの姿。
相変わらずめちゃ綺麗。可愛いというより美人寄りだ。
とはいえ、そんな彼女がどうしてこんな所に?
俺は少し不思議に感じながらも誰かと待ち合わせをしているのだろうと通り過ぎていく。
すると、彼女はチラッと俺を見逃したかと思うとすぐにハッとした様子で後ろから声をかけてきた。
「あ、あの.....」
そのことに俺は驚きが隠せなかった。
クールな彼女は女子と話すことはあっても男子と話す様子はほとんど見ないで有名だったからだ。
単に俺が見なかっただけかもしれないけど。
だけど、昔クラスの中で彼女の総評が寡黙クール美少女ということだったのできっと間違いないだろう。
そんな彼女が俺に話しかけてきた。
表情の差分が分かりにくく過ぎてあれだけど、目の泳ぎ方的に困惑している感じは伝わってくる。
とりあえず、返答してあげよう。
「あ、あなたは早川拓海.....君、ですよね?」
「はい......そうですが?」
そう返答すると久川はなぜかホッとしたような表情をする。
ん? なんだこの答えの分からない質問は?
つーか、こんなことってあったっけ?
さすがに十数年前のことだから覚えていないだけか?
「わ、私は―――」
「おーい、レイちゃ~~~~ん!」
その時、遠くの方から茶髪でポニーテールの活発系少女が大きく腕を振りながら駆け寄ってくる。
不味い、俺の今の立場は最底辺だ。
そんな俺と話していたら久川の印象に大きく関わる。
「じゃ、じゃあ!」
「あ......」
俺は半ば逃げ出すようにその場から走り出していく。
しばらく走ったが走るってこんな感じなんだな。久しく忘れていた。
にしても、俺の腹の肉が躍る。足への負担も半端ない。体力もない。
くっ、わかっていたがダラしなさ過ぎるぞ俺の体!
汗をハンカチで拭いながら再び歩き出すと見えてきたのは俺の母校である彩静高校。
大きな敷地には多種多様な部活がある。
といっても、ほとんど知らないけど。
校門から学校に向かって多くの男女が歩いていく。
俺はその一人となってこれからこの高校を通うことになるのか。
だけど、俺の今の高校生活は灰色もとい真っ黒真っただ中。
こんな高校生活序盤からと思うかもしれないが、これが事実なのだから仕方ない。
しかし、俺はこの運命を受け入れるわけにはいかない。
思考に気をつけろ。怖気づくな。
俺は学校に向かって歩み出す。
下駄箱で靴を履き替えようとすると上履きは土まみれで中まで土たっぷり。
周りの視線を気にすることなく上履きの土を出す。
そして、それは一先ず用意していた袋に入れて、さらに持ってきたスリッパを履いて教室に向かう。
廊下を歩く時もたくさんの視線が突き刺さる。
俺がどういう状況でどういう人物かというのが高校生活始まって間もない時点で伝わってるのだろう。
気にするな。前を向き続けろ。
どんなに怖くても下だけは向くな。
やがて俺は教室に辿り着く。
ドアに手をかける。
ゴクリと喉を鳴らした。
緊張か手が冷たい。
意を決してドアを開ける。
俺を見て一斉に教室の活気が死んだ。
そんな中で、ニヤニヤした笑みを浮かべる男女グループがある。
そのうちのロン毛のリーダー格の男が俺に向かって言った。
「よう、来たかデブタ。待ってたぜ」
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