高校時代に戻った俺が同じ道を歩まないためにすべきこと

夜月紅輝

第1話 リスタート

 拝啓 来世の自分へ。


 この手紙を書き終えてる時にはきっとこの世界にはいないでしょう。

 そして、読んでもらえるはずもないのに来世に向けて書いてる自分は実に愚かでしょう。

 だけど、書きます。来世はこんな人間にならないことを祈って。


 俺の人生は最悪でした。

 今のだらしない体型もそうですが、俺の性根も最悪極まりないものでした。


 俺はイジメられていました。

 小学校、中学校は最底辺として生きていて直接的なイジメは無かったものの、高校生になればサンドバッグのように殴られて、俺の心はぐちゃぐちゃになって、それを抱えてずっと生きてきました。


 でも、もうその気力もついに切れました。ポツリと急に。

 何がきっかけかわからないですが、もう僕に残された未来はありません。

 これから死に行く自分がどうしてこんな文章を書いてるのかもわかりません。

 強いて言うのなら、せめてもの存在証明を残したかったのでしょう。

 俺がこの世界にいたというせめてもの証明を。


 最後だから、母さんに懺悔しておこうと思います。

 母さんは気立てが良くて頑張り屋でした。

 若くして俺を生み、シングルマザーという身になりながらも笑顔を絶やさず俺を育ててくれました。

 しかし、俺はそんな母さんに辛く当たりました。


 最初はいじめられてるという事実を隠していましたが、さすが母さんと言うべきかそれはすぐにバレました。

 そんな俺に対して母さんは「学校行かなくてもいいんじゃない?」と優しく言ってくれました。


 ですが、俺は日々母さんが無理をして生活費を稼いでくれているのを知っていたので、軋み血が滲む体を引きずって学校に通う事にしました。

 出来るだけ母さんの負担にならないように。

 自分が耐えればいいだけのことだから。


 しかし、そんな抑圧した感情はやがて抑えきれずに爆発しました。

 爆発した感情をぶつけた相手はあろうことか母さんでした。

 いつものように優しく迎えてくれた母さんに俺は日頃の苦しみをぶつけるように、世界で一番不幸な人間だと思い込んで罵詈雑言を浴びせました。


 あの時の母さんの怯えた表情とそれ以上に俺を悲しい目で見た時の表情が今でも忘れられません。


 俺は引きこもりました。それも現実を隔離したゲームの世界へ。

 ここが俺が生きるべき道だと思い込んで。不摂生な生活を続けて。

 俺は太っていましたが、さらに太りました。

 人相も酷くなり、そこら辺の粗大ゴミと変わりません。


 引きこもりを始めてから数年、俺が20歳を超えたあたりで母さんが体調を崩し始めました。

 引きこもり子供部屋ニート息子なった俺を養うために無理がたたったのです。

 それでも俺は自分が一番不幸な人間だと思い込んで助けようとしませんでした。

 その結果は案の定、母さんの死という形で迎えました。


 後で知りましたが、母さんは俺を養うために親戚や友人に借金していたそうです。

 そこまでして俺を生きながらえさせようとしてくれた母さんを俺は見殺しにしたのです。

 どうしようもないクズです。明らかな劣等遺伝子。

 害悪の何者でもない存在。それが俺です。


 母さんに対して立派に報いるのが残された俺の役目でしょう。

 ですが、俺は母さんの後を追うように......いや、違うか、逃げるようにこの世からおさらばしようとしています。手に負えないクズです。


 そんな俺の魂よ―――来世の自分よ。

 どうか母さんを悲しませないように、そして夢のような青春を送ってください。

 漫画のようなラブコメなんて望んでません。

 来世の自分が心から楽しめるような青春を送ってくれればそれでいいです。

 例え再びド底辺の存在になろうとも、こんな風なクズでなければそれでいいです。


 来世ではどうか素敵な人生を。


 前世の自分より。


*****


 俺は手紙を書き終えた。

 部屋はゴミ屋敷のようになっていて、足の踏み場もないほど汚い。

 電気やガス、水道は当たり前のように止められていて、それでいて払う金は当然ない。

 

 俺は後ろを振り向く。予め用意された絞首台。

 死神はすでに背後で待っている。

 作業用BGMのようにして聞いていた最後の娯楽であるラジオの電源を切ろうとした時、とあるニュースが流れた。


『常盤レドさんが結婚されました。お相手は金城コーポレーションでおなじみ金城隼人社長とのことです。

 なんでも常盤レドさんと金城社長は高校生時代の同級生ということで―――』


――――ブチッ


 俺がラジオの電源を切り、立ち上がるだけで今にも砕けそうな膝で踏ん張って立ち上がる。


 常盤レド......本名、久川玲子。今もっとも有名な女優だ。

 なぜ彼女を知っているのか? 一応言っておくがストーカーじゃない。

 俺の幼馴染だ。といっても、小学生限定の少しの間だけどな。


 高校生で再会した時には目を疑った。今でも覚えている。

 銀髪で長い髪、透き通るような青い瞳、スラっとした鼻筋にカッコよさを内包した目つき、それでいてクールな性格。


 彼女が女優になっているのは当然の運命だと思う。

 むしろ、あれで野良でいられたら困るぐらい。

 最後に見たのはコンビニの新聞で見かけたぐらいだったかな。

 凄く奇麗になってた。


 そんな彼女と小学生の時仲良くしていた。

 どんな風に仲良かったかは覚えてないけど、一緒に遊んだ記憶がある。

 最悪な俺の人生のまだ最悪に浸る前の輝かしい時代。

 人生で唯一の誇れる点かもしれない。


 俺は段ボールという安っぽい絞首台の上に乗る。

 目の前には未来の見えない輪っかがある。

 そっと輪っかに首をかける。

 怖いという感情はない。

 この時点で逃げてるのがわかる。


「じゃあな、俺。来世では家族を大切にしろよ」


 俺は首をくくった。

 死に行く刹那、なんとなく俺が思ったのは―――もう一度久川の顔が見たかったな。


―――ピチョン


 まるで凪の水面に一つの雫が落ちたような音ともに俺はパッと目を覚ました。

 俺が俺という意識がある。だから、てっきり助かってしまったのだと思った。

 しかし、俺の見上げた天井は年季の入った薄暗い天井でもなければ、病院の白い天井でもない。


 ベッド脇の窓から眩しいほどの光量が差し込んでいて、窓の隙間風で揺れるカーテンの奥からは煌びやかな晴天が見える。


 まるで俺はずっと悪い夢を見ていたような感覚だ。

 しかし、あの夢が現実であったことを理解している。

 不思議な感覚だ。まるで暇つぶしに呼んだネット小説の異世界転生みたいだ。


 体を起こしてみる。

 洗濯を一度もしなかった汚い布団ではない。だけど、全く同じデザイン。

 周りを見てみる。どこもかしこも俺の部屋だ。

 というか、これは過去の俺の部屋だ。

 俺は脳がバグったのか? それともこれも走馬灯か何かなのか?


 目を擦って起き上がる。自分の体が動かせる。

 夢で明晰夢ってのがあるぐらいだからこれも同じか?

 いいや、いい加減認めるべきだ。この不可解な現象を。


 感触がある。ニオイを感じる。

 小鳥のさえずりが聞こえる。

 机の上にボロボロの教科書がある。

 それもこれも全部過去の俺の日常風景ワンシーンだ。

 だから.....これは夢なんかじゃない。

 俺はまた会えるんだ。


 ドアの隙間から香ばしいニオイが漂ってくる。

 食指を刺激し、今にもお腹が音を鳴らしそうだ。

 しかし、それよりも先に涙が溢れ始めた。

 俺はゆっくりとドアノブに手をかけて一階に降りていく。


「ふんふふ~ん♪ ふふ~ん♪」


 階段横のリビングのドアを開けて入ると上機嫌な鼻歌が聞こえてくる。

 母さんはよくこうして朝食を作っていた。

 ドアの音を聞いて母さんは振り返る。


「あら、おはようタクちゃん.....ってどうしたの? 涙なんか流しちゃって。怖い夢でも見た?」


 相変わらず若々しい。二十代といっても通じるかもしれない。

 そんな母さんの言葉がささくれた心に染みる。異常なほど熱く。

 俺は過去に戻ってきた。どうしてかはわからないけど。

 そんな俺が母さんに言う言葉は決まっている。

 これは単なる日常風景ワンシーンなのだから。

 俺は首を横に振ると答えた。


「母さん、おはよう」


 これは俺―――早川拓海の青春の再生記録やり直しである。

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