呪いの幽霊 6



「ねえねえ!やっぱり紅梅宮の『幽霊』、見た人は呪われるらしいよ!」

「…楽しそうだね」

一晩明けた今日。いつものように朝飯を食べながら、雪英(シュウイン)と依玲(イーリン)は後宮内に流れる噂について話していた。


雪英は二夜連続のインチキ占い業により、若干寝不足であった。


「そういえば、今日また女官数の申請書が届くね」

「あ、そうじゃん。……『間違えて』なかったら良いけど」

「ははは、どうだろう」

紅梅宮は、前期の申請を一人分多く出していた。体調不良を装い、食費を削っていた李妃の分だ。


「間違ってたら、担当者の雪英が訂正に行くことになるのかな?それとももっと上?」

「分からないけど、もう憂鬱になってきた」

「はは、まだ分からないよ」



「あ、そういえばね。今朝ある子が言ってたんだけど、紅梅宮に赤子が居るって噂だよ」



「え?」

「易(イー)先生がそう占ったって」


(どっからバレた…?)雪英は一気に顔から血の気が引く。



「その子も全然信じてなさそうだったけどね。そりゃそうだよね、居るわけないし」


「…」

「でもちょっと、勘繰っちゃったり」

「『勘繰る』って?」


「李妃様が来て今で五ヶ月くらいでしょ。十月十日で計算すると、最近赤子が産まれたってことはさ、懐妊して五ヶ月目の安定期に入ってからこっちに移動してきたんじゃないかな」

「……」


「皇帝はもう一年くらい南方に遠征してるし、皇帝との子なんじゃないかと思っちゃうよね」



「『幽霊』もそれを隠すためのでっち上げだったりして…」



「だからさ雪英、紅梅宮行くなら見てきてよ」



「……その話、本当?」

「はは、『本当?』って。噂だってば」

「噂が流れてたの?」

「噂というか、それ未満の妄想って感じだけど」

「…そう」

「急にどうしたの?目、覚めてきた?」

「うん」



「……面白そうだから、紅梅宮、確かめてくるね」

「やったー!楽しみー」


流石の雪英でさえ、ここまできたら商売気よりも興味の方が勝っていた。至って消極的な好奇心ではあったが。


(知らない方が幸せになれるけど…)


(良いように使われたからには、知っても良いだろ)



———————————————



紅梅宮へ続く廊下を歩きながら、雪英は思う。



(もう少し考えたら、分かることだった…)

『幽霊』の噂はリスクが高すぎる。

噂を広めるのは、恐怖心ではなく下衆な好奇心だ。

遠ざけるのではない。

『幽霊』の噂は、それを面白がるやつらをおびきよせる罠だったのだ。


そして、今朝流れ始めたという赤子についての新しい噂。

『幽霊』なんかよりも、こちらの方が断然面白い。少なくとも後宮に居るものにとっては。


流したのは紅梅宮だろうが、これも今日中には後宮内に広まるだろう。



そして依玲も、雪英も思った通り、『幽霊』は隠れ蓑だったのだという認識が広まっていく。

赤子の信憑性が増していく。

………



(……人道というものはここには無いのか)


その赤子は、防波堤にされたのだ。




———————————————




「尚宮局の者ですが、今日提出された女官人数の申告について、誤っていた箇所があったので訂正いただきに参りました。筆頭侍女をお願いできますか?」

「分かりました。中へどうぞ」

入り口すぐの部屋へと通される。



「お手数おかけしております。私が紅梅宮筆頭侍女でございます」

「いえ。私は尚宮局からの使いで参りました」


「私どもの方に申請された女官の人数が、中央に提出してある人数と合わないようなんですよね」

「前の時も、同じ数で提出したと聞いているのですが…」

「ええ、前期はこちらが便宜を図りました」

「それは…、ありがとうございます」

「いえ、過ぎた話は一旦良いでしょう。書き直していただければ、それで良いですから」

「分かりました」

「こちらの紙にお願いします」

筆頭侍女が、新しい申請書に人数を書き直す。



「紅梅宮の方を責めている訳ではなく、単純に面白いなと思って聞くのですが…、申請書を見て一人多いなと思ったりしませんでした?」

「え、ええ。うっかりしておりました」



「まあ、本当に今は一人多いですもんね。どこかの赤子の分」

「……え」

「あ、二人でしたね」


「……」筆頭侍女は、状況の理解に時間を要しているようだ。

(…これは、流石に演技じゃないよな?)


「昨晩は、『幽霊』に会わずに帰れましたか?」

「貴方は…」

雪英は口元で指を立て、筆頭侍女の言葉を止める。



「李妃様に、謁見の許可を」



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