呪いの幽霊 5



「貴方がお察しの通り」


「私は『幽霊の正体が何か』は分かっていません。この炎は、それを教えてくれませんでした」

揺らめく蝋燭の炎を操りながら、後宮で噂のインチキ占い師・易(イー)先生は告げる。


「そのようですね」

「すみません、こちらも商売なもので」

「いいえ。了承した上で、依頼しておりますから」

女官はひとつも驚かない様子で、そう答えた。



「ですが、私は他のものの正体については分かるようです」

「『他のもの』と言うと?」

「李妃様が、南方から憑けてきてしまったものの正体です」


『李妃様は南方からいらっしゃる前に、余計なものを憑けてきてしまったようです』と、雪英は先程言っていた。

「……」

「それは、『幽霊』ではありません」


幽霊と、その呪い。

一人分多く申告された女官。

伏せっている李妃、減った食費。

李妃からの依頼。

後宮に入ってきたばかりの后妃。

そして、帰ってくる皇帝。



「今、紅梅宮の中には赤子が居るのですね?」



「……どうして、それを」女官は静かに言うが、その驚き顔は隠しきれていない。

「占い師なので」



ひとときの静寂が倉庫内に広がる。

蝋燭の揺れる炎は、女官の動揺を表しているようだった。

女官が落ち着いた様子を見せるまで、雪英はじっと待っていた。



———————————————




「李妃様の子ですか?」

「……はい」


「誰との子なのですか?」

「それは…、私の口からは……」

「分かりました」



『呪いの幽霊』は、紅梅宮から人を遠ざける為に撒かれた噂だった。

『幽霊』としておけば、赤子の泣き声が万が一漏れたとしても誤魔化すことができる。そして李妃がその心労で伏せっていることに出来れば、行事の不参加の理由になり、また皇帝の帰還後の渡りもない。


全ては、李妃が産んだ赤子の存在を隠すためだ。

後宮内で皇帝以外の子を産んだとなれば、李妃も子も間違いなく殺される。


どこからどう見ても怪しい占い師に相談に来たのは、「紅梅宮の女官が易先生に相談した」という話を流すことで『幽霊』の信憑性や事の深刻さを高めるためだろう。こう言うのもなんだが、「易先生」は後宮内でかなりのネームバリューを持つ。

向こうが想定していたかは知らないが、雪英(シュウイン)の聞き込み調査により『呪い』の噂も見事、事実であるかのように広まってしまった。


そして、出納帳で一人増えた女官は李妃自身だろう。彼女は体調不良を装っていたものの、産後すぐの身体は栄養を摂る必要があった。


(出納帳でまで体調不良アピールせんでも…)

(まあでも、後宮はどこで誰が見てるか分からないもんな)

(李妃はマメなんだな)

目の前に置かれたカゴを覗きながら、雪英は思った。




———————————————



「これは私の単なる興味なのですが、…後宮で産んだのですか?」

「ええ。どうにか画策しましたが、外で産むなど不可能でした」

「大変でしたね」

「ええ」


「産まれたのはいつ?」

「一ヶ月ほど前です」

「なるほど…」


「……流石に、いつまでも一緒に居るわけにはいきませんよね?」

「ええ。人が『幽霊』に怯えている間に、京師にいる私の親縁に預けるつもりです」

「賢明だと思います」

殺されるよりは賢明だ。


「あれこれ聞いてしまって、すみません」

「いえ、こんなことが起きては…気になるでしょうから」

「そうですね」


「最後にこれを」

雪英は懐から一枚の手紙を女官に手渡した。


「李妃様に渡していただけますか?私からの手紙です」

「…分かりました」



「以上が、私の『占い』になります。宜しかったでしょうか」

「ええ。ありがとうございました」


女官は一礼し、倉庫を去っていった。

(少しは心が楽になったら良いけど…)




手紙には、「私の実家は後宮にも出入りする商家です。我が家の家具や着物などを買って頂き、紅梅宮に入る機会を作れれば、赤子一人ぐらいなら外に連れ出すことは出来るでしょう」とある。この倉庫に来る前に雪英がしたためておいたものだ。


李妃は、異質な噂を流してまで守っている赤子を外に出すことができる。

后妃は死ぬまで後宮を出ることは出来ないが、母ともども殺されるよりはマシなのかもしれない。


ウチは、李妃に商品を買ってもらえる上、店では「李妃御用達」の太鼓判を押して商品を売り出すことが出来るだろう。

後宮の后妃たちは、外の女性にとっては憧れの存在で、「后妃御用達」はとにかく売れるのだ。



(まあ、結果的には良い商売をした…)

心にモヤモヤが残らない訳ではなかったが、雪英は無理矢理そう思うことにした。

顔に被っていた紗(うすぎぬ)を取り、変装用の宦官の服から着替えた彼女は、宝の詰まったカゴを抱えながら夜道を自室まで歩いて帰った。



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