第5話 再会

ダダダダダダッ


廊下を走る音がする。


初姫は驚いて喜代きよに何事か?と尋ねた。

お小姓に事の次第を尋ねる。

しばらくして家老の小堀将監こぼりしょうげんがやってきた。


「姫様、ご安堵くださいませ、五木田こきたは無事でございます。

 倉澤は、後ろの河辺の国から攻められて

 這う這うの体で引いたとの事。

 もう安心じゃ、明日にでも迎えが参ります」


思いのほか短いいくさだった。

たかが半月ほどで敵が崩れるとは。


寄せ集めの兵の士気が上がらず

そのうえ五木田こきたの戦力を侮っていた。

また、この機に乗じて隣国河辺が倉澤に

攻め入る事を読めなかったのが敗因だった。


藤次郎がくる。

初姫は子どものようなはしゃぎ様だった。


3日後、迎えがやってきた。





部屋の隅に平伏するのは小糸勝之進こいとかつのしん


「小糸?その方、なぜ居やる?藤次郎は?」


「……」


「小糸っ」


「……」


勝之進は返事をしたつもりだったが

微かに頭が動いた程度だった。


「小糸っ」


「藤次郎わあっ?」 


「ぎぃーゃぁああああ」


人の声ではなかった。

姫は勝之進の様子を見て悟った。

真っ青な顔で小糸の襟元を掴んで引っ張る。

その顔は夜叉のようだった。


「姫、お平らにっ」


喜代きよがしがみついて引き離す。

涙が雨のように音をたてて畳に落ちた。


「そのお姿っ、貞政様にお見せできましょうやっ?」


「うぅ…」


喜代きよの叫び声に姫は花が萎むようにおとなしくなった。


勝之進は辛うじて耐えたが

平伏したまま震えが止まらない。


姫はその傍にへたり込んだ。


姫の肩を抱きながら喜代きよが静かに言った。


「小糸殿、さ、仔細を」


「はっ。あ、あの朝…」


勝之進はおもても上げずに語りだした。


彼らは五木田こきたに向かった。

もちろん全員騎馬で鎧具足姿である。

山を越え、菊丸山の麓。

そこには、あの村になだれ込んできた

助っ人の一団がいた。


彼らは自分たちも倉澤の助っ人を演じたのだが


「おぬし?あの時の村人ではないのか?」


顔がした。その場で戦闘となった。


「その戦いで原田殿は左肩を負傷なさり

 その傷が癒えぬまま山東ヶ原の合戦に

 臨まれたのでございます」


多くの敵を蹴散らし奮戦したが力尽きた。

五郎太兄弟が駆け付けたが時すでに遅し…


勝之進は最後まで頭を上げて話す事ができなかった。


喜代きよに抱かれたまま初姫は静かに言った。


「小糸、許してたもれ」


何の抑揚も無い声だった。




五木田こきたは勝利に浮かれていたが

初姫の周りは悲しみ打ちひしがれて帰路に着いた。


原田貞政殿が討ち死に。

彼こそは姫が幼い頃から恋心を抱いていた想い者。

喜代きよはじめ、女中連中、皆、知っていた。


戻った初姫は父への挨拶もそこそこに

藤次郎が眠る寺にむかった。


そこには内緒で五郎太兄弟を呼んでおいた。

藤次郎の最後を聞くためだ。


良心寺に着く。

ここは三浦家の菩提寺。

母親の華山殿の葬儀もここで行われた。


「これは姫君様、ようこそのお参りでござりまする」


和尚が深々と頭を下げる。


喜代きよが尋ねた。


「原田殿の亡骸は?」


「本堂にて安置しておりまする」


和尚に案内され、本堂に入る


本堂の右側、目新しい祭壇。



「ただいま、五郎太兄弟を呼んでまいりまする

 お待ちくださいませ」


「待っておる、声をかけてたも」


喜代きよは頭をさげ下がる。


広い本堂。


衣擦きぬすれの音がやけに響く。







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