第4話 契り
初姫が声を殺して泣いている。
血の気の多い五郎太兄弟などは
怒りに震えている。
「我らの役目は姫様をお送りする事ぞ」
貞政が静かに諭す。
皆、粛々と大沢田に向かう。
「姫様」
泣き止んで荷駄に揺られる初姫に藤次郎は声をかけた。
「さきほどの
お気になさりますな。我らがおりまするゆえ」
「守ってくれるか?」
「はっ。必ず」
「藤次郎は、わらわの傍におるか?」
「それは…」
約束を破る事はできない。
「お守りは致しまするが…」
「できぬのか?」
「姫を弾正様の元へお送りしてのち
手前は
「その後?は」
「
本当は藤次郎に傍に居てほしい。
でも無理を言って困らせたくない。
初姫は静かにうなずいた。
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ここは大沢田城。
出城だがなかなかの構えだった。
武者だまりには多くの家臣が歓待してくれ
握り飯や味噌玉などを用意していた。
初姫の母。正室の華山殿の実弟に当たる。
義に厚く武人としても中々の者だった。
「殿、此度は
誠にありがたく存じ上げまする」
「おお、これは原田殿、よく初姫を
わしからも礼を言わせてもらうぞ」
元信はご機嫌だった。
3年前に亡くなった姉に似てきた初姫に
久しぶりに会えた事がうれしかったのだ。
「馬も皆の分用意するゆえ、明けに出立されよ」
「は。ありがたく存じ上げまする」
部屋に戻る。
「原田様、よろしゅうございますか?」
お小姓が部屋に。
「初姫様がお呼びでございまする」
初姫が?もう亥の刻ではないか。
いぶかしげに立ち上がり案内される。
「藤次郎か?入れ」
二間続きの部屋。床柱を背に初姫。
敷居を隔てて貞政は部屋の隅に平伏する。
「人払いをした。近こう」
敷居ぎりぎりまで進み座るが
部屋には入らない。
「まあよい」
不満げに睨む。
「お綺麗になられた。
亡き華山院様に瓜二つよ」
藤次郎は思った。
「さきほど必ず戻ると。
そう申したな?」
「はっ」
「ならこれに判を」
姫は手紙を差し出す。
そこには仮名で
かならず ひめをむかえにまいります
とうじらう
とある。
「これは?」
「わらわとの契りじゃ」
この当時の契り、すなわち約束は命がけだった。
たおやかな仮名文字を見つめ震えた。
緊張しつつ姫の見る前で判をついた。
「必ずわらわを迎えに来てたも」
姫はにこと笑うと判を受け取った。
「それから…」
胸元から匂い袋を取り出した。
「これを預けるゆえ
貞政は一言も発せず緊張のまま
畳に置かれた匂い袋を受け取り部屋を出た。
それと同時に奥の襖が開く。
「姫様、原田様になにを?」
古参の女官、
「お守りになればと香袋を持たせた」
「貞政殿は家臣でございますよ。
姫様の香袋など持たされて重荷になりませぬか?」
「よいではないか?ゆくゆくは侍大将じゃと
父君も申しておられた。武運長久を祈っての事」
初姫の想いは知っているが、ただの家臣。
叶わぬ思いとわかっていても
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