第3話 暁の一団

一体?いつ着くのか?

初姫は荷駄に揺られながら

東の空が白むのを見ていた。


この騒ぎに乗じて野盗もうろつく。

荷駄も狙われるかもしれん。

藤次郎は初姫の荷駄を見つめて思った。


とたん、小柄な男が駆け寄った。

物見に出ていた坂田春衛門さかたはるえもんだった。


「貞政様、今、戻りましてございます」


「おおご苦労であった」


「菊丸山の麓によからぬ輩が居る模様。

 他に道はございませぬ。如何いたしましょう?」


「助っ人か?」


「その数二十。焚火をしております。

 寄せ集めの具足を付けた雑兵ぞうひょうでして

 いくさの助っ人のように思われますが

 我らを逃げる領民とみて

 略奪にとって代わるやもしれませぬ」


「その方の見立ては?」


「佐野様の組からの八人がおります。

 それに五郎太兄弟を立てれば

 百姓の寄せ集め、一蹴できましょう」


「よし、ただ、事を荒立てるな

 殺生するとあとあと面倒だ。

 百姓風情のまま抜けるのじゃ

 よいか?われら具足をつけておらぬ

 気を付けるのだぞ」


短く頷いた春衛門は一台の荷駄に

郎党共と下男を連れて先を行く。

その荷駄には筵に包んだ槍、刀が隠してある。


先を行く荷駄はみるみる小さくなっていく。

その姿を確認できるほど周囲は明るくなっていた。


半刻ほど進んで、山の麓。

荷駄と春衛門らは待っていた。


皆、素知らぬ顔をして貞政を迎えているが

何名かは返り血を浴びているし

下男らは真っ青になって震えている。

貞政は瞬時に何があったか察した。


「避けられなかったのか?」


「は、申し訳ございませぬ。

 百姓の体で通ろうとしたのでございますが

 荷駄を奪おうとしましたゆえ仕方なく…

 遺骸はすべて山に隠してございます」


「皆、無事ならそれでよい。

 追手が来るやもしれぬ。急ぐぞ」


半農の兵とはいえ鎧具足に身を固めた20人。

それを倒して涼しい顔で居るとは。

倉澤なぞ、取るに足らぬな。

貞政は彼らを誇らしく思った。


山を越え里に出る。

村人はいくさを見越して離散していた。

空き家を見つけ休息をとる。


食事を終えて出立準備の頃。

武士の一団が村に入ってきた。


「貞政様」


「いかん、村の者の振りをしてやりすごすぞ。

 よいか?皆百姓のようにふるまうのじゃ」


慌てたように隊はなだれ込んできた。

その態度、身なりは統率が取れており

そこらの無頼ごろつきでない事がわかる。


「村の者は?誰かおるか?」


騎馬武者が10、徒歩かち雑兵ぞうひょうが20か。

戦えば良くて相打ちか… 貞政がそう読むと同時に

最年長の小糸勝之進こいとかつのしんを先頭に

皆がバラバラと軒から顔を出した。


「あっ…わっ、わし」


「怯えんでもよい、怪しいものではない」


「……」


「我ら倉澤様にご縁あり、これより助っ人に参ずる者。

 実はな、わが郎党が菊丸山の麓で何者かに殺されたのだ」


誰も声を出さず顔を見合わす。


「この村におかしな輩は来なかったか?」


皆無言できょろきょろするばかり。

意味が理解できない素振りだ。


「見ておらぬのか?村の者はこれだけか?」


「皆逃げてわしらが最後で」


「ここも焼かれるやもしれぬ。

 おぬしら、しばし散っておれ、なあに

 五木田こきた城などすぐ落ちるわ」


そう笑うと、かしらの男は背を向けた。

砂埃と共に馬蹄の音は遠ざかる。


すぐ落ちる…


五木田こきたが…


父上の城が落ちる…


初姫は堪えきれずに嗚咽をもらした。




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