第2話 初姫と藤次郎

時は戦国時代。

小さな領地を治める国があった。

隣国との小競り合いが続く中

姫が生まれた。前世の彼女だった。


十四歳の秋、縁談が持ち上がる。

隣国の倉澤へ嫁ぐことが決まる。

見たこともない男の元に嫁ぐ。

嫌だったがしかたがない。


この時代当然の政略結婚。

婚姻はいくさ回避のためだった。


だが、この結婚は破談となる。

倉澤は手のひらを返すように

この婚礼を反故にした。いくさが始まる。

いくさの噂を聞きつけ傭兵やならず者も集まる。

領民たちは兵に駆り出されるのを恐れ離散し始めた。


城内でも女中連中を非難させる事となった。


「藤次郎、藤次郎を呼べ」


領主の三浦兵部利勝みうらひょうぶとしかつは珍しく大声を出した。

呼ばれたのは原田藤次郎貞政はらだとうじろうさだまさ

若いが歴戦の勇士だ。まだ二十歳だが

近々侍大将への推挙も決まっていた。


「藤次郎、よう来た。その方に命ず。

 初姫を大沢田へ送ってもらいたいのだ」


「え?それがしが?」


「昨日、弾正殿に使いを出した。 

 寅の刻出立じゃ。百姓の支度も用意した。

 大沢田までは一日半もあれば足りるであろう」


「…」


弾正殿とは殿の弟、甲山弾正元信こうやまだんじょうもとのぶであった。

彼の元に一時避難をということなのだ。


無言で頭を下げる。

今は亥の刻、準備をせねば。

支度をしながら床がゆがむ。

悔し涙が止まらない。


「戦ではなく姫様のお供とはのぉ」

「貞政殿もお気の毒に」

「われらの死に場所は戦場いくさばぞ。

 姫君を連れて落ちよとは、殿も酷よの」


口々に他の武士が肩を叩いて慰める。


国境くにざかいには不穏な動きも見ゆる。

 初姫様に何かあっては大事じゃ。

 強者つわものを傍にという親心よ。

 それに我が郎党もお供することになっておる。

 貞政殿、弾正様に姫をお預けし、即、返しなされ。

 また、佐野家の者をよろしくお頼み申す」


組頭の佐野晴綱さのはるつなが皆に見せるために

わざと丁寧に頭を下げた。


「はっ。命に替えましても」


貞政も凛と胸を張った。



~~~~~~~~~~~~~



「こんな着物は嫌じゃ」


「姫様、弾正様の元へ行かれるまでのご辛抱にございます」


古参の女中、喜代きよが逃げる初姫を追いかける。


「こんな身なりで叔父上がわらわと分からぬであろう?」


「領民の姿でなければ道中が危のうございます。

 われらも着替えますゆえ、どうぞご辛抱を」


「叔父上の元へは皆で行くのか」


「さようでございます」


「千代松は?」


「若君はお残りに、われら女中と姫様

 あと原田様以下、郎党がお供いたします」


「若は残る?まだ幼いであろう?

 それに藤次郎が?危険な道中か?

 いくさはまだであろう?」


姫もまだ十四。遊び相手が欲しいのだ。

まだ十歳のかわいい弟、千代松は

連れて行きたかった。


「原田様が付かれるのは殿のご配慮

 より安心して弾正様の元へと」


姫に着物を着せながら喜代きよが早口で説明する。



藤次郎…



武者溜まりに領民の恰好をした者が集まっていた。

駕篭も無い。徒歩かち?え?荷駄に?

大沢田城へは一日余り。初姫は不安になった。


女中を捕まえて文句を言おうと思った矢先。


「姫、出立の刻でございまする」


少し離れた所で男が蹲る。


「藤次郎」


不安な暁の出立も藤次郎となら大丈夫。

それは彼への信頼と恋慕が混ざったものだった。


この護衛に命を賭けている彼の眼差しは

あきらかに戦場いくさばのものだった。

初姫は女中を呼ぶのをあきらめた。


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