第10話 信頼と信仰


 そして冒頭に戻る。二度目の沈黙を破ったのは、またしてもレイだった。


「はあ、仕方ない。行くぞ腰巾着」


「その呼び方やめてよ」


「ピッタリだろ? 腰巾着のシーツマン」


 レイはクックと笑った。それで火がついたのだろうか、僕はやっと決心がついた。そうだ、マスターにばかり頼っていられない。今はレイに頼っているけど…… とにかく! 土地勘がなければ一人で出かけることすら危険な世界なのだ。今日のところは彼に着いていこう。

 

「君のことはレイって呼ぶよ。今更敬語なんて使わないからね」


「右も左もわからない奴が、随分と偉そうだな」


「……よろしくお願いします。レイさん」


「分かってんじゃん。良いよ、許してやる。レイって呼びな」


 レイは上機嫌に歩き出した。良かった、コウモリのように飛び立たれたらどうしようかと不安だったのだ。僕も慌てて歩き出す。後ろを付いて回るのは癪だったので、僕はレイの隣に並んだ。彼はチラリと横目で僕を見たが、何も文句は言ってこなかった。


 仲良くなんてなれるのかな、僕はまたハッチポッチに帰ることが出来るんだろうか……



 ゆっくりと、日が沈み始める



 もうすぐ夜がやってくる



   ◇ ◇ ◇



「よかった、ちゃんと行ったみたい」


 窓から外の様子を伺っていたマスターが振り返って言った。


「そんなに心配ならレイに任せなきゃいいのによ」


 客として来ていたオズはやれやれという様子だ。やっと嵐が過ぎ去り、いつものハッチポッチが戻ってきた。


「ジョン君はちょっと強引に押してやるくらいが良いんだよ。レイもだから、町のみんなと距離を置きがちだし。はいこれ、サービス」


 マスターが主人を失ったジェノベーゼをオズに差し出した。彼の濁った瞳に光が宿る。


「お、サンキュー! けどあんな風に放り投げちゃ可哀想だろう。折角慕われていたのに、嫌われちまうぜ」


「信頼は大歓迎さ。僕が信じるに値すると思ううちはいくらだって頼ったら良い。けど、ジョン君のあれは放っておけば信仰になる。全ての決断を僕に委ねて、物事を僕を基準に考え出す」


 オズは何も言わなかった。ただ、窓の外をじっと眺めるマスターを見つめていた。


「そういう者の末路を、僕はよく知っているからね」



 夜が訪れた



 闇を纏った窓には、白いシーツ姿の男が一人、ぼんやりと映し出されていた。




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