ヴァンパイアのレイ

第8話 出禁


 僕は今、ハッチポッチの前にいる。「前にいる」なんてのは都合のいい言い方だな、やり直し。僕は今、ハッチポッチから締め出された所だ。


 隣には僕と一緒に締め出されてしまったモンスターがいる。お客様としてハッチポッチに来ていた、ヴァンパイアだ。


 僕らは呆然と立ち尽くす。外は夕方で、もうすぐ日も沈む。遠くでカラスが鳴いている。


 ヴァンパイアって陽に当たっても平気なんだな。いや、あれは太陽じゃないのかもしれない。ちょっと青みがかっているし。なんてことに思いを馳せた。


 口を開いたのは彼からだった。


「おい、どうしてくれるんだ! 全部お前のせいだからな!」


「君から突っかかってきたんじゃないか」


「俺様は客として来たのに!」


「お客様だからって何をしても良いと思わないでよ」


「お前本当に生意気だな。腰巾着のくせに!」


「!! 何だよ、大体君が––––」


 

 ガチャッ



 と、音を立てて店の扉が開いた。今にも喧嘩勃発! という格好のまま僕らは固まる。ゆっくりと、視線だけを扉に移した。


 案の定、そこには腕組みをしたマスターが仁王立ちをしていた。眉間のシーツが、深い深いシワを刻んでいる。


「僕、二人になんて言ったかなあ……?」



 ああ、何だってこんな事になったんだろう––––


 

  ◇ ◇ ◇



 あ、あの人今日も来た


 パントリー越しに店の様子を覗いていると、一人の青年に目がいった。初仕事の日にも来ていたマント姿の男性だ。彼はカウンター席へと腰掛けた。


 青白い肌に、尖った耳、少し覗いた二本の牙。特徴だけで言えばヴァンパイアだろうか。真っ黒で艶やかな髪を後ろで一つに束ねている。


 綺麗な人だなあ。見た目は僕と同年代に見える。実際は何百年と生きているかもしれないけれど、あの人となら緊張せずに話せる気がする。


 そう考えていた矢先、カウンターからマスターと彼の話し声が聞こえて来た。


「こんばんは。今日は何にする?」


「やあ、マスター。え〜と、ん? クラーケンなんて仕入れたの? ペペロンチーノはなぁ」


「ジェノベーゼならニンニク抜けるよ」


「あ、いいね。じゃあそれとブラッドワインで」


「かしこまりました。ふふん、裏手の池で新入り君が釣り上げたの。そうだ、紹介するね! ジョン君、ちょっと出ておいで〜」


 僕は大きく息を吐いて気合いを入れた。カウンターの彼は何やら怪訝な顔をしている。


「え、新入り? マスター急に言われても、ぼく」


 シーツを被った僕と目が合うと、彼はなんだかほっとしたような表情をした。モンスターも緊張とかするのかななんて、つられて僕も安心した。マスターがルンルンで紹介を始める。


「こちらはジョン・ドゥ君! 森で彷徨ってるところをスカウトしたの。記憶喪失みたいだから、この町のこと教えてあげてね。ジョン君、こちらはヴァンパイアのレイだよ」


「はは、は、初めまして。ジョン・ドゥです! よろしくお願いしまふ!」


 噛んだ……


「……レイ。よろしく」


 レイは僕を訝しむように見ている。マスターはというと、ワイングラスに真紅の液体を注ぎ、尖った耳を飾り付けてレイに提供した。


「じゃあ僕裏でパスタ作ってくるから、ジョン君はレイとお話しててよ! じゃあ、ニ人とも仲良くね」


「え!?」


 マスターは一方的に告げると、そそくさとキッチンへ引っ込んでいってしまった。住民と顔見知りになれとは言われたが、まさか早々に二人きりにされるとは思っていなかった。カウンターで作ればいいのに……


 オズさんとは違うピリッとした空気をレイからは感じた。僕の出方を見ている感じだ。こっちから会話を切り出すしかないみたいだ。



 

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