第6話 ボーンフィッシュ
「やあ、ミケ。おはようさん」
ミケと呼ばれたその生き物が暗がりから姿を現した。それは紛れもなく人間界で言うところの猫であったが、尻尾が二股に分かれており、大きな瞳は一つしかなかった。
「ニャア」
「はいはい、ちょっと待ってね」
マスターがいそいそと皿に魚の骨を乗せてミケに差し出した。ミケはそれをボリボリと食べ始める。
「こっちの猫は骨を食べるんですか」
「あれはボーンフィッシュ。身は元からなくて、骨のまま泳いでいるんだよ」
喉に刺さったりしないのだろうか。僕の知っている猫とは少し違うけれど、ポテっとしたフォルム、黒く艶やかな毛並み、その全てが僕を惹きつけた。
蛍光灯に引き寄せられる蛾の如く、僕はミケに近寄った。するとミケは黄色い大きな瞳で僕を見据えて、「シャー!」と威嚇をしてみせた。
「おや、嫌われちゃったね」
マスターがケラケラ笑う。僕が人間だからだろうか? 人間臭なんてものがあるのかもしれない。僕は何だか諦めきれず、でも無理に撫でたりする気にもなれなくて歯痒く感じた。そんな僕を見たマスターが何かを閃いたようだ。
「どうだろう、今からミケの餌を取りに行こうじゃないか。ミケは餌をくれる奴に懐くんだよ」
「そんなに単純でしょうか」
「君が良い例じゃないか」
何も言い返せなかった。僕はもうすっかりマスターに懐いている。仰る通りだ。
「いきなり町の中心部へ行く勇気はないんだろう? 池ならモンスターも少ないから、開拓にはもってこいだよ」
僕はその提案に乗ることにした。ミケは僕が恐怖心を抱かない貴重な存在だ、何としても仲良くなりたかった。
件のミケはボーンフィッシュを平らげて、優雅に毛繕いをしている。待っていて、きっとその黒い毛並みを撫でてみせるから。
◇ ◇ ◇
池までの道中、僕は葉の擦れる音や得体の知れない鳴き声の一つ一つに飛び上がった。その度に足を止めるものだから、見かねたマスターがシーツの裾を掴ませてくれた。
自分が何歳なのかは覚えていないが、おそらく二十代半ば程であろう成人男性がビクビクとシーツの裾を掴む姿は誰にも見られたくなかった。
泥沼のようなものを想像していたが、到着するとそこは至って普通の池であった。今の時間は僕らの他には誰もいないようだ。
池のほとりには【住み着き禁止!】と書かれた立て看板があった。
「この町には人魚もいるんですか?」
「いるよ〜。歌声に誘われて溺れないようにね」
僕の顔が強張るのを見て、マスターは悪戯っぽく笑った。この町の人魚は大丈夫だと付け加えたが、言いかえれば町から出ればその限りではないということだ。
帰り道を完全に思い出せないうちは、町から一歩も出ないぞと心に決めた。
「さあさあ早速始めよう! たくさん釣っておくれ」
僕はウニョウニョと蠢くミミズを針に付ける。これくらいは平気だった。人間界にいた頃もよく釣りをしたのかもしれない。外へ出て正解だ、小さなことも手がかりになるぞ。
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