猫又のミケ

第5話 ベーコンエッグトースト


 全身真っ黒の奴らが追いかけてくる。どこに隠れても、どこまで行っても、気がつけば僕のすぐ後ろに奴らがいる。


 やめて、やめて。全速力で走っているのに、まるで雲の上にいるみたいに僕の足は宙を蹴る。


 ここはどこ? 辺りを見回すと、遠くに白く大きなシーツがあった。あれだ、あれを被らなきゃ。僕は宙を泳ぐように両の手足を必死にかいた。


 もう少し


 もう少し


 あと少しで手が届くというその瞬間––––


 誰かに足首を掴まれた。



  ◇ ◇ ◇



「うわあーーー!!!!」


 そこは見慣れない部屋だった。いや、昨日から僕の部屋になったんだった。良かった、夢か……


 クックドゥードゥルドゥ!!


 どこかでニワトリが鳴いている。


 カーテンを開けて外の景色を眺める。ここ、Diner. HOTCHPOTCHハッチポッチは高台にあったので、窓からはリバースタウンを一望することができた。スケルトンが広場を箒で履いているのが見える。


「まだ夢の中にいるみたいだ」


 記憶を失ってはいるが、人間界の景色や文明自体はよく覚えている。その中で生きる僕の歴史だけがぽっかりと抜けているのだ。


 時計を見ると時刻は七時半だった。今日はお店はお休みだ。部屋に篭っていても仕方がないので、顔を洗ってから一階へ向かった。


 マスターはカウンターで朝食を準備していた。真っ白なシーツが目に眩しい。フライパンはジュージューと美味しそうな音を奏でている。


「おはよう。ちゃんと起きたね、えらいえらい。タイミングばっちりだ! さあ召し上がれ」


 朝目覚めただけで褒めてくれる彼に、僕はもう安心と信頼の念を抱いていた。朝食はトーストと目玉焼きとベーコンだった。


「おはようございます。朝食もありがとうございます、いただきます」


 一口頬張る。トーストは表面はこんがり中がふわふわで、ベーコンの塩気とよく合った。目玉焼きの半熟具合も完璧だ。


「美味しいです! この世界にもニワトリがいるんですね。さっき鳴き声が聞こえました」


「ああ、それはコカトリスだよ。知っているかな? ニワトリとヘビが合わさったような見た目なんだけど」


 聞かなかればよかった。味はニワトリのそれと変わらないのに、途端に未知の料理に見えてくる。じゃあこのベーコンは何の肉? という疑問は心の中で留めておくことにした。美味しいことに変わりはないのだから……


 マスターは僕の考えていることがお見通しなのか、クスリと小さく笑った。


 その時、店の隅で物音がした。昨日の魔犬の件があるので、僕は敏感に反応した。素早く立ち上がってカウンターの中に入ると、マスターの後ろに身を隠す。情けないと自分でも思うが、羞恥心が僕を守ってくれる訳でもない。


 闇の中からゆっくりと、物音の主のフォルムが浮かび上がる。それは––––

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る