第4話 カボチャのポタージュ

 

 初仕事を終え、僕はお客様の居なくなった店のカウンター席に腰掛けていた。と言っても、人生初のゾンビとの対面以降、僕はガタガタ震えてしまってまるで使い物にならなくなった。見かねたマスターが今日は一日お皿洗いでいいよと言ってくれなければ、僕の心は折れていたかもしれない。


 結局他のお客様とは話もしなかったけど、みんな本当に童話や漫画でみるような見た目をしていた。頭が二つあるお姉さんや、マント姿の男性なんかはまだ大丈夫だけれど、スケルトンや狼人間なんかは見ただけで震え上がってしまった。


 きっと話せば気さくな方達なんだろうけど、恐怖心というのは僕の意思と関係なく湧いて出るのだから仕方がない。


 このシーツがうっかり取れて、僕の姿を見られてしまったら…… みんな一斉に僕に群がって、酷いことをしてくるんじゃないかって、それを考えると身体がガタガタしてしまうんだ。


「僕、こんなんでやっていけるのかな……」


「君は心配性だねえ」


 マスターが店の締め作業を終わらせてカウンターへやって来た。


 彼はカウンターの中へ入ると、コンロの鍋に火をかけた。暫くするとコポコポという音が聞こえてくる。


 先程のハッチポッチが脳裏に浮かぶ。僕も下手をしたら、あれの材料にされるのだろうか。


「はい、どうぞ召し上がれ」


 マスターはカウンター越しにお皿を差し出してきた。少し身構えたが、その皿からはなんとも美味しそうな湯気が立ち上っている。


「カボチャのポタージュですか?」


「正解! バゲットも焼いたからね。久しぶりに作ってみたんだけど、結構上手に出来たんだ。新メニューに加えようっと」


 トッピングの生クリームにカボチャの種がニ粒添えられ、ゴーストに見立てられている。一口飲むと、そこからはスプーンを口へ運ぶ手が止まらなかった。


「泣くほど美味しい?」


 言われて気が付いた。瞳のそれを服の袖でグイッと拭う。きっとこれは料理が美味しいからだ、そういうことにした。先の不安に目を向けたくなかった。今はただ、この温かく優しい味のするポタージュを味わっていたい。


「ろくに働いていないのに、賄いを戴いてしまって……」


「あーもう、全然! そういうの良いからね、気を遣ったり、遠慮したり。自分の気持ちに正直に生きるのが、記憶を取り戻す近道じゃない?」


 彼を変質者などと怪しんだ半日前の僕を叱りつけたかった。お言葉に甘えて遠慮なくポタージュをおかわりした。こんなに綺麗に食べてくれるなんて! と食べ終わった皿を見て、マスターがケラケラ笑った。


「しばらくはお皿洗いや食材の下準備をお願いね。見慣れない食材ばかりで大変だろうけど、ゆっくりで良いからね。それと新しいお客さんが来たら、仕事はいいからカウンターへ出ておいで。挨拶をしてお話もして、まずは町のみんなと顔見知りになろう」


「は、はい……」


「あっはは! そりゃあ憂鬱だよね。僕だってトロールの洞穴に投げ込まれたら同じ気持ちになるよ」


 その例えが的を得ているのか僕には分からないが、マスターはお構いなしに続ける。


「大丈夫、みんな変わってるけど優しい奴らだよ。もしシーツが取れる心配をしているなら問題ない。ヴァンパイアも見た目は人間と大差ないだろう? 君も顔を見られたところでバレやしないから、もっと肩の力を抜きなよ」


 そうだ、緊張していても記憶は戻らない。オズさんだってとても優しかった。お皿を洗ってマスターに改めてお礼を言い、僕は少しの安心と希望を胸に2階に用意された部屋へと向かった。



 明日は、今日より大きな声で話せる気がする。



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