第二章 乖離する心
初めてセオドアのコルと対面したあの日から五年──私は何かと理由をつけて彼に会うことを
しかしそうやってあの手この手を使ってセオドアを避け続けていても、どうしても
「エステル、
ダンス中、私にしか聞こえないくらいの声量で語りかけてきたセオドアに苦笑いを返した。
たった今
「ええ、
しかし、
「とてもお
「……ご
同じ色合いで揃えられた正装を身にまとうセオドアは、こんなペアルックみたいなことをしたくないはず。けれどそんなことをちっとも感じさせない
この甘い声と表情で
『なんで王女と揃いの服なんか……』
「エステル、冗談なんかではありません」
「少なくとも誰が着ても一緒でしょう。顔、見えないんですから」
「一緒だなんて、そんなはずがありません。ですが……そうですね。
そう言ってふわりと
──それに、いつかはこの
「私のことはいいので、好きなように過ごしていいですよ」
一曲
「でしたら、
『好きなようにしていいなら、今すぐ帰りたい』
予想通りの答えに、小さく息を吐いた。コルは私と離れたがって背を向けているのに、セオドアは私の
とはいえ今は公式行事中。演技する必要のない二人きりの時でさえそうなのだから、周囲に
結局セオドアを
「……ディアーク、久しぶりね」
「エステリーゼ! セオドア
「ご
ヴェルデ
ヴェルデといえば
そんな訳で彼とはこういった場で
「相変わらずしけた顔してるな。もっと
「口元しか見えてないくせに何言ってるのよ」
「分かるさ。口は目ほどにものを言うってヴェルデの言葉を知らないのか?」
「目は口ほどにものを言う、だったと
そう軽口を
以前、彼にだけはセオドアに嫌われているかもしれないことを相談しており、本気で言っているのかと
「そうだ、来月の
「
そうしてとりとめのない会話を
「ところで……きゃっ」
「エステル!」
「おい
少し
「ご、ごめんなさい。そんなに強く
「いや、謝らなくていい。少し腕を怪我していてな」
「そうだったのね。お
そう言えば、
「悪いな」
「……何があったの?」
「いつもの
叔父上──
「怪我くらいいつでも治してあげるから、
「お前の力は貴重だ。安売りするもんじゃない」
「友人の力になりたいだけよ。安売りではないわ」
そう言うと、彼はセオドアの方を
「今度はセオドア卿からプレゼントをもらうことになりそうだ」
「まさか。セオドアはそんなことしないわよ」
勿論ディアークの冗談であることは分かっているが、セオドアが
『はあ。こいつらがお互い
それが実は私の一方通行の想いなのよね……なんて、アンジェリカと同じことを言うコルに心の中で返答する。ディアークは帝国の皇太子だけあって人を見る目もあり
……だから。
「勿論そのようなことは
ディアークから引き
「はいはい、
ひらひらと手を
『……僕も早く退散したい』
予想通りの冷めた発言に、望んだことのくせに少しだけ落ち込んだこともまた、致し方無いと主張したい。
パーティーもそろそろ終わりの時間が近づいてきた
「婚約解消、か……」
一人といっても数歩後ろに
「今、なんと言いましたか?」
「わっ!?」
後ろからいきなりそう声をかけられ、思わず王女らしからぬ
「い、いえ、なんでも。それよりもありがとうございます」
「何か?」
「その、
どうやらしっかり聞こえてしまっていたらしい。いずれはそのつもりだが、確定した訳ではないのに
『婚約解消……本当にできるのだろうか』
王命であるこの婚約の解消を、
「色々調べております。過去に前例がないかと」
「どうして……」
どうしてもこうしても、セオドアが望んでいるからに
しかし彼は予想外の問いかけをしてきた。
「エステルは、僕のことがお
「……まさか」
嫌いになれればどんなに良かったか。
セオドアがどんなに私を嫌い
それに──。
「
貴方が私を嫌いなんじゃないか。そう言いかけて、やめた。
セオドアは本心を隠すことが
「……貴方が、不利益を
「っ、待ってください! 僕は──」
「セオドア」
彼の名前を
『僕は、不利益を被ってもいい。婚約解消の
そのコルの切実な言葉を聞いて、やはりなるべく早く婚約解消してあげなければと改めて思う。
そもそも基本的にセオドアは表面上だけでなく、心の内すらも裏表がなく、
「……エステル、手を」
『早く、この役目から解放されたい』
ああ、こんな力などなければ良かったのに。そうすれば、彼に愛されているのだと信じてやまない
● ● ●
建国記念パーティーから数日
「失礼致します。エステリーゼが参りました」
「よく来たわね、エステリーゼ。まぁ座って
室内はペンを片手に
どういう原理か分からないが、同じ読心魔法を使える相手のコルは見えない。母上や祖母は
「呼び出した用件なのだけれどね。来月のヴェルデのドロテーア皇女の誕生祭、
「それは構いませんが……ライモンドが行く予定だったのでは?」
第一王子のライモンドは、私の二つ下の弟だ。我が弟ながら大変
「そうするつもりだったのだけど、主役からのご指名なのよ。しかも
「ああ……なるほど……」
ヴェルデ帝国のドロテーア第三皇女はセオドアにご
アカルディの
「だから気をつけなさい。次期女王の婚約者を
「
ヴェルデとは友好関係を築いているものの、当然国力の差はあり、ヴェルデの皇帝とアカルディの女王とでは皇帝の方が身分が上である。次期女王の私と第三皇女では私が少しだけ上だが……失礼なことをしないよう気をつけなければならない。
「まぁ第三皇女は絵に
そんな私の態度に危機感が足りないと感じたのか、母上が
「本当に気をつけなさいよ。ああいう女がねえ、とんでもない
「呪い、ですか?」
「そう。ああいう執念深い女の
呪いがこの世界に存在しているだなんて話は初耳だが、母上の話しぶりから察するに、実際に呪いの存在を
「……表向きに招待されたのが私なら、別のパートナーを連れていくことはできませんか? それこそライモンドとか」
「それも考えたわよ。けれどヴェルデの城には魔法の使えない場所がいくつかあるでしょう。ライモンドも魔法に関しては
この世にはどういう原理か、魔法の使えない場所がいくつかある。その一つであるシュティレ
「では、
「セオドア以外を連れていけば不仲だなどと
「セオドアには、何か長期の任務を命じるなどして……」
呪いがどういったものか分からないが、片思いでもセオドアは大切な人。危険な目にあわせたくなくて何とかできないかと考えを
「ふふ、セオドアを奪われるのが
「それは──」
長年セオドアに対して素っ気ない態度をとり続けているにもかかわらず、私がセオドアを好きだと確信しているような口ぶりだ。母上にも私のコルは見えないのだが……と考えたその時、はたと気づく。
母上だってコルが見えるのだから、セオドアの本心を知っているはず。なのに
確かに結婚相手として
ならば何故。まさか私がセオドアのことが好きだから……? いや、母上は
……まさか、私にはセオドアのコルが正常に見えていないのだろうか?
──いや、そんなはずがない。読心魔法そのものが異常ならまだしも、セオドアのコルだけが都合良く異常だなんてことは、
「それは……嫌ですよ。セオドアは優秀な人材ですから、奪われる訳にはいきません」
「あらあら、
「……
複雑な心境のまま母上の執務室を出たあと、そのままの足でセオドアがいるであろう訓練所に向かう。王配の一番重要な役割は希少な力を持った女王を、護衛をすぐ近くに配置できない時──例えばダンスの時や
先に行った
セオドアは現在団員たち相手に指導をしながら二十対一で戦っている様子。……まぁ、この間の
中断させてしまうのも悪いな、と思い
「……
「あら、ロランド」
「終わるまで待ちますから構いませんよ。それより……
「き、
そう畏まって頭を下げるロランドは、剣術の力量もパートナーとしての家格も問題ない。セオドアの代わりとしてヴェルデに連れて行くのにうってつけの存在だ。……本当に、幼少期は性格に難ありだったが。
「ふふっ、まさかあの意地悪ロランドが最年少で第一小隊の副隊長になるなんて」
「殿下……その話は人生の
「私だって
「それは、殿下のお言葉のおかげですよ」
「……まぁ、その話は
ロランドは昔公爵家の権力を
「言っておきますが、
「誰が王配になるって?」
「うわっ! せ、セオドア……!」
ロランドを
「ごめんなさい、
「いえ、それは構わないのですが……二人で何の話をしていたんですか?」
「ち、違うんだ。今のは昔の話で」
ロランドは何故かセオドアに対して必要以上に
「そうです。本題は別で……来月ヴェルデに行く時、ロランドにパートナーを務めてもらおうかと思いまして、話しに来たのです」
「殿下!?」
『殿下は何を言っているんだ!? そんなことになればセオドアに殺されてしまう!』
ディアークといいロランドといい、セオドアのことをなんだと思っているのだ。彼は
セオドアがそんなロランドを
「エステル、どういうことですか?」
「どういうことも何も、そのままの意味ですが……」
「殿下、どうか最初から
「ええと……」
母上は
……と考えたところで、そのドロテーア皇女がセオドアを呼んでいるというくだりを話していないことを思い出した。
「そうでした。ロランドにパートナーとして参加してほしいのが、ドロテーア皇女の誕生祭なんですよ」
「第三皇女……ですか」
彼女のことを思い出してか、セオドアが苦虫を
ドロテーア皇女は会う
「元々ライモンドが行く予定だったのですが、
「それで殿下は俺に?」
「ええ、ロランドには護衛の一人として同行してもらいますから。その間セオドアには長期の任務にでも行ってもらおうかと」
そう言うとセオドアは
「ですが、ヴェルデに行く際毎回ロランドに任せる訳にもいきませんから、やはり僕が」
「それもそうですが、今回は何か
「……」
ついにセオドアは頭を
「ロランドは今もまだ
「え、ええ」
『昔のこともあるしな……アカルディの
私からすればとっくに立派なアカルディの騎士となっている彼は、過去の行いを
だからもしセオドアとの婚約を解消したら、次の相手はロランドが有力だろう。そうして私とロランドが婚約することになれば、アンジェリカとセオドアが婚約すれば良い。ロランドは私に敬愛を
考えをまとめ、改めてロランドにパートナー役をお願いしようとした丁度その時。
「でしたら
「エステル」
「セ、セオドア?」
彼が私の足元に
「確かに第三皇女のことは気にかかりますが……それでも、どんな理由があっても、
それが本心のはずがない。コルは全く違う思いでいるのだから。
だけど──。
「ですからどうか、僕にパートナーを務めさせてください」
いくら相反する彼の心の内を知っていて、それが結果的に彼を苦しめるのだとしても、それでもロランドを連れていく……とは
「──分かりました。では、
「ありがとうございます……!」
安心したように満面の
これで良かったのだろうか。けれど決めてしまったものはもうどうしようもないので、
『良かった……! セオドアの
「では、自分は先に訓練に
「ええ、
セオドア以上にホッとしている様子のロランドは、
「先ほどロランドと楽しそうに話をしていらっしゃいましたよね。それに王配がどうとか……何をお話しされていたのですか?」
どうやらまだ訓練に戻るつもりのないらしいセオドアは、私の手を
「ロランドが昔はいじめっ子だったのに、今では立派な騎士になって副隊長にも選ばれたなんて
「……なるほど」
『あの
私の短い説明でもロランドが言いたかった話を察したらしい彼は、それ以上深く聞いてくることは無かった。その聞かれたくない話の
「それよりも、本当に良かったのですか?
ヴェルデに行くとなると二週間ほどの行程になる。その間ずっと
それでも彼は、何てことのないように微笑んだ。
「勿論です。僕のいないところで、他の誰かがずっと貴女の傍にいるだなんて……
政略的な婚約者相手ではなく、恋人にかけるようなどこまでも甘い言葉。それが本心からのものであればどれほど良かったかと小さく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます