第一章 心を読む魔法
「セオドアです。入っても
ノックの音に顔をあげれば、そう声がかかって。思いもよらない人物だったのでビクリとしてしまい、
「……構いません」
本当は全く
「エステル!」
私の
「セオドア、久しぶりですね」
セオドア・キエザ。キエザ
「もうパライバ領での
「ええ。
「……そうですか」
最低でも二ヶ月半はかかるはずだった
心の中でため息をついていると、ぎゅうぎゅうと抱きしめていた
「エステル、このあとお時間ありますか?」
時間は、ある……けれど。
ちらりとドアの方に視線をやる。予想するまでもなく相変わらずのその姿に、今度はため息が心の中だけで
「実は、アンジェリカからお茶に
仕事があるのは
だから机の上に
「……そう、ですか。分かりました」
あからさまにしゅんとしてしまったセオドアに
「エステル……
「……貴方が、それを望むなら」
ハッキリとしない返事をして、そろそろ出ていってほしいという空気を出す為書類仕事に取り
「僕は、いつだって貴女の傍に居たいと思っているんですよ」
そんな言葉と共に投げかけられた
「……嘘つき」
貴方の心はずっと、私を
ここアカルディ王国の王家や貴族は、
かつて勇者と共に
この世界において
しかし聖女の固有魔法はそれらと全く異なり、
アカルディ王国第一王女にして王位継承権第一位の私、エステリーゼ・アレッサ・アカルディも、十二の時に読心魔法を習得した。簡単に心が読める、と言ってもただ心の声が聞こえるだけではない。それは──。
「ちょっとお姉様!」
「アンジェリカ、いくら家族とはいえノックくらいして
「しましたわ。ノックでドアを開けただけです。そんなことよりどうしてセオドア兄様を
執務机の前に王女らしからぬ
『セオドア兄様、顔には出さないようにしていたけど
そう、心が読めると言っても単純に心の声が聞こえるだけではない。その人が手のひらほどのサイズになった、まるで童話に出てくる小人や
つまりアンジェリカは文句を言いながら思いっきり
可愛い妹のコルがぎゃあぎゃあ言いながらのたうち回る姿は
「邪険になどしていないわ。遠征から戻ってきたばかりで
そう答えればアンジェリカがジトッとした目でこちらを見てくる。コルも同じようにしており、
『絶対嘘。ぜぇええったい嘘だけど、お姉様をこれ以上問い
「ねぇお姉様──」
「ここ最近
『お姉様から招待されるんじゃ、セオドア兄様を連れて行けないじゃないの! もう。……でも
「分かりました。でも諦めませんから!」
我が妹ながら大変
誰にでも
『どう見たってお
──僕は、いつだって
その顔を向けられれば、誰もが自分に気があると思うだろう強く
──息が詰まる……早くこの場を去りたい。
そう言ってずっとドアから
「お初にお目にかかります、エステリーゼ第一王女
セオドアに初めて会ったのは私が八歳、彼が十歳の時。
その魔法を知る人間が
「
「はい。この
しかしまぁこのセオドア・キエザという少年……いや、神童は。
「そんな堅苦しい喋り方をしないでください。私の方が年下ですし……それに、婚約者なのですから。エステルでいいですよ」
「……ありがとうございます、エステルですね。僕のこともどうかセオドアとお呼びください」
ホッとしたように
雲間から差す光を連想する
フェイスベールは女王直々に魔力を込めて作られており、自分からは何も着けていないかのようにクリアな視界だが、はたから見るとうっすらとさえ中を見ることができず、風に
「私たちは
「はい。セオドア、案内しますわ」
さて、そんなこの世のものとは思えないほどの美少年が、更には婚約を
私は女王陛下の長女に生まれたというだけで、次期女王になることが決まっている。どれだけ頭が悪かろうと性格が悪かろうとカリスマ性がなかろうと──女王の適性がなかろうとも。だからこそ良き女王になりたいと思うのだが、残念ながら私はあまり
そんな不出来な私だからこそ、出来の良い婚約者を得られたことを有り
──けれど。
「あれ? えーと……ちょっと待ってくださいね」
二人で庭園を
「すみません、
恥ずかしそうにそう言いながらもどうやら完成したらしいそれは、お世辞にも上手とは言えないものであったが──私には、とてもかけがえのないものに思えた。
「
作ったは良いものの、渡すことを
「こんなもので良ければ、ですが……」
神童と名高い優秀な彼は、きっとなんでもできるものだと勝手に思っていたが、存外手先が不器用で
頭にそっと
「ふふ、ありがとうございます。……あら?」
ふと彼の手に視線をやると、花を
この頃読心魔法はまだ使えなかったものの、
「……はい、これでよしと。痛くはありませんか?」
「エステルは
手をかざして治るように念じれば、小さな傷はあっという間に
「あっ! すみません。
私の沈黙に気づいたセオドアがそう言って
「汚くなんか、ないです」
「え……?」
確かに彼の美しい見た目は生まれ持ったものだろう。けれど、神童だとか天才だとか、まるで
「ごめんなさい、私……セオドアの話を聞いた時、きっと貴方は天才で、努力とは
恥ずかしい。この手を見れば、どれほど彼が努力を重ねてきたのか一目で分かる。……自分はこんなにボロボロになるまで何かを努力したことがない
「セオドアは凄く、すっごく努力をしてきたんですね。汚くなんかない、かっこいい手です」
「エステル……」
才能溢れる
「貴方に比べ私はまだまだ至らないことだらけですが、この手で守られるに
そう
「
飛び切りの笑みを
それからというもの、セオドアとはお
そんな日々を重ねるにつれ、セオドアへの思いも強くなっていった。これは
──ちっとも、ほんの指先ほども、
読心魔法に目覚めた十二歳のある日から、それを
そうしてやっと母上から合格をいただき、彼に会えるようになった日。キエザ
だから。
「セオドア! 久しぶり……というほどではないかしら?」
「久しぶりですよ。婚約してからこんなに
そんな甘い言葉をかけてくれる彼に
『このまま暫く会わずに済めば楽だったんだけど……。はぁ……
──……今のは聞き
「エステル? どうかしましたか?」
「……あっ、いえ……」
『今日はいつまで居座るつもりなんだろうか。早く帰ってくれないかな』
そんな願いも
「エステル?」
「……えっと……その……
「
「う、ううん、いいの。ごめんなさい、今日はもう帰るわ」
そうですかと残念そうな表情を浮かべるセオドアに対して、良かったとホッとしている様子のコル。
どんな声を聞いても、どんな姿を見ても、
「エステル、またすぐ会えますか?」
「……そうね、また来るわ」
フェイスベールがあって良かった。今にも
ああ、
恥ずかしい……でも。
もっと恥ずかしいのは──それでもまだ彼を好きだという気持ちが消えない、
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