第一章 竜王子の捜し物④
世話係になって十日目。今日も一日仕事を頑張るぞ、と気合いを入れて離宮にやって来たコルネは、部屋に足を
「え? ええ? 何ですか、これ」
「ど、
それなりにまとめられていた本の
あまりの事態に混乱していたコルネだが、部屋の中央、ちょうど本の
「メルヴィン様、
「ない」
コルネの大声を
「……ない? ないって、一体何がないんですか?」
遠目から見た感じでは、メルヴィンが
「ない、どこにもない。見付からない」
ぽつぽつと
コルネは一歩一歩、本を
真正面から改めてメルヴィンの様子を観察する。怪我はしていない。顔色は青白く、
そうすると、部屋をかき回したのはメルヴィンということになる。メルヴィンがここまで本を乱暴に扱うのは、空から本が降ってくるぐらいの異常事態だろう。
「メルヴィン様、私です、コルネです。わかりますか?」
あまりにも激しい
「……お前、いつからそこに? それに、今俺は」
虚ろだった瞳に光が
「たった今こちらに来たばかりです。それで、メルヴィン様は何か
「別に、何でもない。お前には関係ない」
「関係ありますよ。私はメルヴィン様の世話係です。お手伝いできることがあるのならば、
できるだけ軽い調子で言えば、きつく寄せられていたメルヴィンの
「本当に変わっているな、お前は」
「
「そうだな、普通の貴族令嬢とはほど遠いな。だが、普通じゃないのは俺も同じか」
メルヴィンは一度深く息を
「しおりを捜しているんだ。どこかで見かけなかったか?」
「しおり……あ、メルヴィン様がよく使われているあの黄ばんだしおりのことですか?」
「黄ばんだ……。まあ、確かにずっと使っているものだから、大分黄ばんでよれよれになってはいるが」
「申し訳ございません! その、別に悪く言ったわけではなくてですね、ただ
あわあわと弁解する。明らかに失言だ。また
「で、その黄ばんだしおりを見かけなかったか? 昨夜、お前が
昨夜、宿舎に戻る直前の出来事を思い出してみる。昼間つい
「すみません、私には覚えがないですね」
そうか、と
「ですが、昨夜メルヴィン様が見たのでしたら、この部屋の中には必ずあるはずですよね。どこか家具の
「俺もそう考えた。結果がこれだ」
メルヴィンの視線が部屋の中、
かなり
「もう一度この部屋を捜してみましょう。二人分の目があれば見付かるかもしれません」
私は家具の下や後ろ、中を捜してみますので、メルヴィン様はもう一度本の中を捜してみてください、と続けてコルネは動き出す。最初はどこか
しおりは手の平に
メルヴィンからしおりの
端から端まで、二時間近くかけて
こうなったらこの部屋ではなく別の部屋、離宮全体を捜してみようと意気込んでいたコルネの耳に、
「……もういい、十分だ。こんなに捜しても見付からないんだ。ここにはないんだろう」
「そうですね、この部屋にはなさそうですね。それじゃあ、次は
室内の片付けは後回しだ。とにかくしおりを見付けることが第一、家具や本は後できちんと元の位置に戻しておこう。
さらに捜そうと動き出したコルネを止めたのは、再び床に無気力に座り込んでしまったメルヴィンだった。
「いや、もういい。捜しても
「無駄って、そんな、まだ捜していない場所がたくさんあるんですよ」
「無意味なことはこれ以上したくない。もういいんだ。なくなったってことは、俺にはもう必要のないもの、手にしているべきものではないってことなんだろう」
だからもう捜す必要はない、と
コルネは本を踏みつけないように注意しつつ、座り込むメルヴィンへと近付く。そして、目線を合わせるためしゃがみ込むと、
「あのしおり、メルヴィン様にとって大切なものなんですよね?」
「え? あ、ああ……大切、だな」
「それなら、諦めずに捜しましょう。まだ諦めるのは早いですよ」
「いや、だが、ありそうな場所はもう全部捜した──」
コルネは「いいえ」とメルヴィンの言葉を強く遮る。
「捜す場所はまだたくさんありますよ。可能性のありなしはひとまず置いておいて、とにかく捜せる場所は全部捜しましょう。気付かないうちに全然
力説するコルネを目にして、メルヴィンは
「だって、ここで簡単に諦めたら、メルヴィン様は絶対に
「……後悔」
「はい。たとえもし見付からなかったとしても、できることを全部やったのならば、後から思い出しても後悔することはないはずです。でも、
「結局のところ見付からなければ、何をしようがしまいが後悔するんじゃないか?」
「そうかもしれません。でも、どうせ後悔するなら、途中で諦めてやめてしまった後悔よりも、やれることは全部やりきった後悔の方がいいと思いませんか?」
メルヴィンは迷うようにゆっくりと左右に動かしていた瞳を閉じると、ため息とも深呼吸ともとれる
「持論をこれでもかと
開かれたまぶたから現れた青い瞳がじろりと
「うっ、す、すみません。あの、でも、言い方はちょっと悪かったかもしれませんが、口にした内容は私の本心でして、その、説教では決してなくてですね、ええと」
ついついいつもの調子で思ったことを口にしてしまった。だが、相手は王子であり、コルネにとっては主人でもある。本来であればあれこれ意見していい相手ではない。説教なんてもってのほかだろう。
しどろもどろに謝るコルネを無視して、メルヴィンは
まずい、これは
(家なしの
コルネ個人にしてみれば、正直なところ爵位にそれほど
どうにかして
「おい、何をしているんだ。別の場所も捜すんだろう。グズグズするな」
驚いて
「言っておくが、俺はもう体力がない。従って体を動かして
「え、あの、まだしおりを捜すんですか?」
「はあ? お前が捜せる場所は全部捜すって言ったんだろうが」
メルヴィンの眼光に
コルネは
「捜します! 離宮全体をひっくり返して捜します!
借金令嬢とひきこもり竜王子 専属お世話係は危険がいっぱい!? 青田かずみ/角川ビーンズ文庫 @beans
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