第一章 竜王子の捜し物③
「戻るのが
思いのほかトラヴィスと長く話してしまっていたらしい。コルネは部屋に入ると同時に謝罪したが、メルヴィンはまったく気にせず読書を続けている。
「本は借りられたのか?」
「はい。あ、
コルネが最後まで言い終えるよりも早く、メルヴィンは空いている左手を
早くしろとばかりに
「
「わかっています。でも、先に昼食をどうぞ」
「後でいい、
「読み終えたら食べるということは、食欲はあるということですよね?」
返事は戻って来ない。だが、食欲が
食欲がないのならば無理に食べさせるつもりはなかったが、ほんのわずかでも食べる気があるのならば
「食べると約束していただければ、稀覯本も王宮図書室から借りてきた本もすべてメルヴィン様にお渡しします」
無言で睨まれる。眼光は鋭くかなり
(
無視した場合は少し時間を置いてみよう。そう考えていたコルネの耳に、深いため息の音が届く。メルヴィンはいつも愛用しているしおりを
(やった、上手くいったわ!)
一歩確実に前へと進んだ。コルネは心の中で
さっさと食べて本を読もうと考えているのか、メルヴィンは
「そういえば、この離宮周辺の森には野生動物が何か生息しているんでしょうか? 森の中を何度も行き来しているんですが、
スープの入ったコップをサイドテーブルの上に置きながら話しかける。メルヴィンが本を読んでいないときは、できる限り話しかけるようにしていた。返事は期待していない。仲良くなりたい、というわけではないが、仲が悪いよりは
もぐもぐと、
「この森自体には、野生の
意外にも返事が
「どうしてですか?」
「俺がいるからだ」
「メルヴィン様がいると、どうして来ないんですか?」
「……
わずかな間を空けて、小さな声が放たれる。
「お前は
「確かに昔から動物には好かれやすいですね。でも、正直者かどうかはまったく関係ないと思いますけど」
「関係ある。大馬鹿正直で裏がないから、動物も安心するんだろう」
いちいち言い方が
コルネは言い返そうとして、しかし、開いた口を閉じた。思えば馬鹿正直なのは真実だ。それに、馬鹿正直というのは悪いことでもない。
「ありがとうございます」
パンをもう一つ
「は? どうしてここで礼の言葉が出るんだ?」
「褒めてもらっている気がしましたので」
「全然褒めてない。どこをどう取ったら褒めていることになるんだ? 馬鹿か? ああ、そうか、馬鹿なんだった」
顔を
「どうしたんですか? 何かありましたか?」
メルヴィンは手にしたパンをすごい形相で見つめている。心なしか持つ手が
固まっているメルヴィンの視線をたどる。その
「……ピーマン、ですか?」
コルネの声に、びくっと体が揺れる。
「もしかして、メルヴィン様はピーマンがお嫌い──」
「そんなわけないだろう。何でもない、気のせいだ」
「では、本日の夕食はピーマンをたくさん使った料理にしますね」
「やめろ! 絶対にやめろ! 俺にこの緑色の物体を見せるな」
まるで危険物を取り
「ピーマンの味がお嫌いなんですか?」
「色も、
いや、大げさだろう。食べて死ぬはずがない。しかし、メルヴィンの顔も声も本気だ。
「俺の食事には、今後絶対にこの緑色の物体は入れるな」
早く俺の目の前から消せと、メルヴィンは足元に置いていた本を拾うと、ページを開いてピーマンを視界から
そこまで嫌いなのかと
口をへの字に曲げたメルヴィンからは、常のひねくれた感じが消え、年相応の子どもっぽさがにじんでいる。良い意味で親しみやすさがある。
「メルヴィン様、私はこの仕事をできるだけ長く続けたいと思っています」
「……何だ、急に。金が必要だから働き続けたいんだろう、初日に聞いた」
「そうですね、給金のために続けたいというのが私の希望ではあります。でも、だからといって私がいることで、メルヴィン様を不快にさせるのは本意ではありません。メルヴィン様が快適に過ごせるように取り計らうのが、世話係としての本来の仕事ですよね」
メルヴィンが目の前に掲げた本を少しだけ下げ、
「ですので、できるだけメルヴィン様が気持ちよく過ごせるように
わがままや嫌味をぶつけられるのは正直大変だ。しかし、メルヴィンの世話係という仕事には、きっとそれに対応することも
それに、幼い弟たちの面倒を見て、父にあれこれ
(メルヴィン様と上手く折り合いを付けて、なおかつメルヴィン様が少しでも快適に生活していけるようにこれから頑張っていこう。私が仕事を続けることで、メルヴィン様が毎日不快な思いをするのはやっぱり
トラヴィスはとりあえず身の回りの世話をするだけでいい、本人の主張や意見は適当に受け流して構わない、と働き始める際に言っていたが、コルネはそれは違うと思う。何よりも大切なのは、世話をされる側のメルヴィンの気持ちや考えだ。
「少し前」
「え? 何ですか?」
「俺に昼食について
言われている内容を理解できず首を
「あのときのメルヴィン様は読書に集中しているようでしたので、しつこく声をかけても
「……お前は今までの世話係とは違うな。良くも悪くも、変わっている」
表面上は
「確かに変わり者だってよく言われますね。ついでに
ふっと
(世話係を続けていれば、いつかメルヴィン様が笑ってくれる日が来るかしら)
そんな日が来ることを願いつつ、まずは世話係の仕事をしっかりとまっとうしていこうと決意を固める。が、残念ながら、コルネが考える以上にメルヴィンの世話係の仕事は大変で、なおかつ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます