第一章 竜王子の捜し物②
コルネがメルヴィンの世話係になって八日目。毎日が一進一退、否、一歩進んでは三歩近く後退しているような日々を送っている。
(ものすごく手間がかかる野菜を育てている気持ちで、なおかつ畑に
吐き出しそうになってしまったため息は、ごくりと
(とにかく前向きに頑張っていかないと! すべては借金返済と家族のために!)
コルネは「よし」と心の中で気合いを入れる。
「失礼します。メルヴィン様、ちょっとよろしいですか?」
ノックして部屋に入ると、
(うーん、ダメだわ。先に書庫の
メルヴィンは読書に集中すると、周りの声が一切聞こえなくなる。いや、もしかすると本当は聞こえているのかもしれないが、まったく反応をしてくれなくなる。集中しているときに
背後から向けられる静かな
書庫は離宮の北側に設けられている。数多く設置された
書庫の扉と、日光が入らないように作られた北向きの窓を開けて風を通す。独特の紙とカビっぽさが混じり合った
本棚と本の
「竜、かあ。竜、ねえ」
ついつい疑念の混じった声が出てしまう。
ここ、ドロテリア王国は領土の南側を海で囲まれた
ドロテリア王国の建国には、竜が
非常に高い知性と
──はたして、この国に本当に竜は存在しているのだろうか。
「うん、考えても仕方がないことは、気にしないのが一番。どのみち竜がいようがいまいが、メルヴィン様が竜の血を引いていようがいまいが、私の仕事に変わりはないものね」
コルネは掃除に集中する。時折
「メルヴィン様、今少しだけ話しかけてもよろしいでしょうか?」
およそ一時間後、今日の分の書庫掃除を終えたコルネは、再びメルヴィンへと声をかける。今度は
目線は本へと注がれているが、コルネの声を無視するほどには集中していないらしい。ただし、ページをめくる速度は変わらない。
「昼食に食べたいものはありますか?」
「あまり食べる気がしない。そもそも満腹だと集中力が低下する」
「確かにそうですね。でも、私は空腹でも集中力が低下すると思います。腹八分目が一番ってことですね」
顔は本に向けたまま、
「俺はそういう話をしているんじゃない」
「申し訳ございません。昼食の話でしたよね。メニューは何がよろしかったでしょうか?」
笑顔のコルネに対してメルヴィンの表情は冷ややかだ。ふんと短く鼻を鳴らす。
「どうせ一日二日食事を
「え? でも、それはメルヴィン様以外の王族の場合、ですよね?」
反射的に
「何か言ったか?」
「いえ、まさか。何も言っていませんよ」
笑ってどうにかこうにか
「
邪魔なコルネを追い払うためか、メルヴィンは手にしていた紙切れを投げてくる。床に落ちる前に空中で
「はい。では、王宮に行って本を借りるついでに、何か昼食もご用意してきますね」
部屋を後にするコルネの背後で、かすかなため息の音が
右手に昼食が入ったバスケット、左手にメルヴィンから
「──コルネ
裏庭に差しかかったところで、背後から名を呼ばれる。コルネが足を止めて
片足を下げて
「ああ、いいよ、そういうのは。公的な場じゃないんだから、
「はい。メルヴィン様に頼まれた本と昼食を持って行くところです」
「荷物を増やしてしまって申し訳ないが、これも
トラヴィスに
「この間話していた
やれやれといった言葉や態度とは裏腹に、トラヴィスの目には温かな光が見て取れる。
トラヴィスは第一王位
実際話してみると、トラヴィスは王族らしい
エーリクから聞いた話だと、トラヴィスは護衛も付けず一人でふらふらしていることが多いらしい。実際、今コルネと話しているときも護衛の姿は見当たらない。ただの品行方正な王子様、というわけでもないようだ。
「責任を持ってメルヴィン様にお渡しします。それにしてもこの本、随分と年季が入っていますね」
「大分古い本みたいだからね。我が国ではもう絶版になっている、ってメルヴィンが言っていたよ。歴史書なんだけど、内容が隣国に関する……」
よどみなく続いていたトラヴィスの言葉が、不自然に
「おっと、これは余計な話だったかな。どこかの
どこかの堅物、というのは
「危ない、忘れるところだった。申し訳ないが、明日は朝から王宮の方で
「わかりました。もしかして王宮で働く侍女たちに、病気でも
世話係になって八日、王宮の手伝いに
「単純に人数が足りないだけだよ。最近、ちょっと王宮内がゴタゴタしていてね。そのため
「そうですか。ええと、明日は一日、メルヴィン様のお世話は必要ない、ということで
「食事だけは運んでやってくれるかな。あとは自分でどうにかする、というか、恐らくずっと読書しているだけだと思うから、一日ぐらい放って置いても平気だよ」
確かに
「色々頼んで申し訳ない。代わりと言っては何だが、君が少しでも過ごしやすいようにできる限り手を貸すつもりだよ。何かあれば
ありがとうございます、とコルネがお礼を言うと、トラヴィスはひらひらと手を振って王宮の方向へと戻っていく。常に
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