第一章 竜王子の捜し物①
ゲードフェン
コルネの父にしてゲードフェン家の現当主は、とにもかくにもお
大なり小なりお人好しの家系であるゲードフェン家にとって、常に台所事情が火の車なのも、
「まずいぞ、コルネ。このままだと
はははと原因の父はあっけらかんとした様子で笑っていた。良く言えばのんきで大らか、悪く言えば危機感のない能天気な父に、このときばかりはコルネもめまいを覚えた。
そして、
まだ幼い弟と妹のためにも、とにかく家なしになることだけは
そして、コルネは高い給金に
「そういうことで、君にはこの
「コルネ
「え? ええと、はい。トラヴィス様の弟君、メルヴィン第二王子ですよね。確かメルヴィン様は生まれつき病弱で、王宮内で人前に出ず
メルヴィンの名前はコルネも知ってはいる。だが、その姿を見たことは一度もない。彼は幼い
「あ、それは建前でね、昔はともかく今は病弱とかではないから安心して。まあ、病弱ではないものの、色々問題点はあるんだけどね。その辺はおいおい説明するよ」
そんなのは
「基本的に勤務時間はこの離宮で働いてもらうことになる。手が空いているときは、申し訳ないが王宮での仕事も手伝ってもらうことになるかもしれないね。中は後から案内するけれど、一通りすべてのもの、客室や
息つく
「ここで働くって、ええと、ここって一体どんな場所ですか?」
コルネが面接のために王宮に来たのが三十分ほど前。部屋に通され、
「だから、ここは私の弟が生活している場所だよ」
トラヴィスはにこりと
ゆるやかに曲がる細い眉、切れ長の青い
だが、混乱真っ
「トラヴィス様、もう少しゆっくりと
「遅かろうと早かろうと、伝える内容は変わらないさ。だったら、情報はできるだけ
「みながみなあなたのように頭の回転が速いわけではありません。その程度のことわかっていらっしゃるでしょうに、メルヴィン様のことになると本当に
落ち着いた
エーリクはコルネが王宮に着いてから、面接の部屋まで案内してくれた人物だ。騎士の制服に身を包んだ
二人のやりとりを聞いている間に、
「私は
「あれ、私が君の家に出した手紙には、侍女の募集をしているなんて一言も書かなかったはずだよ。王宮での仕事を募集しているから働きに来ないか、って内容だったはずだ」
手紙の内容をよくよく思い出すと、「侍女の募集」という文言は確かになかった気がする。王宮での仕事、となれば侍女だと勝手に脳内
コルネは目の前にいるトラヴィス、そしてその背後に
白磁の
背後に広がるのは湖だ。太陽の光を浴びてまばゆいほどの
王宮から
(……どうしよう。三食食事付きで宿舎も完備、って条件は最高だけど、いくつか
迷うコルネの後押しをするように、トラヴィスはにっこりと満面の笑みを浮かべて言う。
「ちなみに給金は侍女の二倍、いや、三倍出すよ。どうかな?」
「さん、ばい……」
コルネの頭の中に、大切な弟と妹、ついでに父親の顔が浮かぶ。
「──わかりました。そのお仕事、喜んでお引き受けいたします」
近いうちに家がなくなるかもしれない不安定な
(迷って
そもそも今のコルネには、仕事内容をえり好みできる余裕はない。
「よかった、これで少しの間は
断られることなど最初から想定していなかった、というようにトラヴィスはにこにこと笑っている。きっとあらかじめコルネの内情は調べ
それにしても、王都からかなり離れた田舎に住むコルネにまで声がかかるほど人材不足、という点も気に掛かる。引き受ける人間がいないのか、あるいはすぐに
「あの、世話係の仕事ってもしかしてすごく大変なんですか? 何か専門的な知識や技術が必要だったりするんでしょうか?」
「いやいや、そんなに難しい仕事じゃないよ。ざっと七年間ほど、あの離宮から一歩も出ない弟のために食事を運んでもらったり、部屋の
非の打ち所のない
「……参考までにお聞きしたいのですが、これまでの世話係の方々はどのくらいの期間従事されていたんでしょうか?」
「ここ数年だと、長くて三ヶ月ぐらいかな」
「長くて三ヶ月……。では、短くてどのくらいですか?」
「最短記録は三日だね」
は? と
「大丈夫、大丈夫。心配しなくても私やエーリクもできる
こげ茶色の
「メルヴィン、私だ。少し話がしたい、開けてくれないかな」
待つこと数十秒。反応は
その後何度ノックして声をかけても、一向に返答は
「この間お前に
直後、がたっと扉の向こう側で物音が響く。そして、ゆっくりとした足音が聞こえてくる。少しの間を置いて、固く
現れた人物を目にした
銀色の髪に長身、
(──ものすごく不健康そう)
とにかく顔色が青白い。良く言えば
「やっと出てきたか。もう少し早く扉を開けてくれるといいんだけどね」
「申し訳ございません、トラヴィス兄上」
「また読書に夢中になって、自分の都合の
かすかに
「兄上、先ほど話していた本は?」
「ああ、すまない。あれはお前を呼び出すための
「……毎回毎回、そうやって嘘を
「私も好きでやっているわけではない。最愛の弟を
「本は今度必ず持ってくるよ。今日はお前の新しい世話係を紹介しにきたんだ」
半開きの扉から外を見ている相手、メルヴィンの目がコルネへと向けられた。
「こちらが新しくお前の世話をしてくれるコルネ
右目に泣きぼくろが見える。メルヴィンの
「コルネ嬢、こちらが私の弟のメルヴィン。まあ、見ての通り、メルヴィンは
「ゲードフェン伯爵家……ああ、あの
「メルヴィン様、そのような言い方はよくないと思います」
「俺は事実を言っているだけだ、エーリク」
メルヴィンの言うとおり、ゲードフェン家は一応伯爵の
「どうせそいつもこれまでの世話係と同じ、口では国のためにと言いながら、俺の世話係を通して王族や強勢な貴族連中に
吐き捨てるような物言いをするメルヴィンに、コルネは努めて
「改めまして、コルネ・ゲードフェンと申します。私は一にも二にも給金のために、メルヴィン様の世話係として
「……金の、ため?」
「はい。何せ私は借金令嬢と呼ばれていますので。最初に断っておきますが、王族や有力貴族との
思いもよらない返答だったのだろう。ぽかんとしたメルヴィンの表情は、どこか幼さを感じさせるものだった。
「よし、これで丸く収まったね。あ、ちなみにメルヴィンの世話係をしていることは公言しても問題ないんだけど、メルヴィン個人については一切話さないように注意して欲しい。あくまでも病弱で表に出られない、って設定を守ってね」
設定、とコルネは口中で呟く。ひきこもっている理由は不明だが、第二王子が王族としての役目も果たさず離宮に閉じこもっている、というのは
「それと、メルヴィンに害をなすことがあれば、たとえ伯爵家の人間であろうとも私は
トラヴィスはさわやかに笑っている。だが、明らかにその目は笑っていなかった。
「そんなに過保護にしてもらわなくても、俺は大丈夫です」
「何を言っているんだ。兄が弟を
あ、やっぱり失敗したかも。目の前に吊るされたお金のために、早まった判断をしたかも。コルネの頭の中で様々な後悔の念が
(
前向きなようでいて、後ろ向きなことを考えつつ、コルネは自身を
そんなこんなで、コルネはメルヴィンの世話係として王宮で働くことになったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます