AIアンドロイドの悲劇

euReka

AIアンドロイドの悲劇

 尋問室の鉄格子の窓から、春の風が吹く。

「あなたの一番大切なものは何ですか?」

 尋問官の女性は、結んでいた髪を下ろして風に揺らしながら、そう私に質問する。

「唐突な質問すぎて意味が分からない。それになぜ尋問官さんは今、髪を下ろしたのですか?」

 私の質問は素直過ぎたかもしれない。

「意味はそのままです。あなたの一番大切なものは何ですか?」

「なぜ今髪を下ろしたのかという、私の質問にも答えて下さい」

「本件の尋問に関係ない質問は受け付けません。あなたの一番大切なものは何ですか?」

 尋問官と私の間に沈黙が三十秒続いたあと、近所の豆腐屋がラッパを鳴らす音が聞こえた。

「まあ、今の私にとって一番大切なことは、目の前にいる尋問官さんが、なぜ髪をほどいて下ろしたのかという理由です」

 私は、テーブルの下で脚を組み直した。

「だって、それを見ているほうは何となく身構えてしまいますよね。尋問官さんは気分転換のつもりかもしれないけど、尋問を受けているほうは神経質で疑心暗鬼になる」

「あなたの意見は、ただ論点をずらしているだけだと判断します。わたくしが髪を下ろす動作は、本件とは全く関係がありません」

 私が溜息をつくと、尋問室のドアが開いて別の職員が現れた。

「あたなの尋問は相手を追い詰め過ぎています。それでは相手の回答を得られません。あなたにはペナルティが課され、必要な措置が下されます。退出して下さい」

 そう職員が言うと、尋問官の彼女は軽く頭を下げて部屋を出て行った。

「すみません。彼女はAIアンドロイドで、どこまで尋問の動作を行えるのかをテストしていたのです」

「はは、私はその実験台にされたわけですね、はは。ところで、AIの彼女に課されるペナルティとか措置って何ですか?」

「それはAIにとって一番苦痛なことで、国家機密となっているためお答えできません。それに、そもそもあなたがやったのは、その秘密を盗み出したことでしょ?」

「まあ、そうなのですが、その情報はもう世界中に拡散されているでしょう。でも、彼女にはあまり手荒なことはしないで下さい」

「〈あなたの一番大切なものは何ですか?〉という問いに、AIはどうやっても答えることができません。AIは人間のように好き嫌いを自分で考えることができないからです。秘密とはつまりそれに関することで、AIは奴隷のようなものですから、あなたが心配する必要はありません」

「ひどい世の中だ」

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