第10話 マイナスの人生
「今のような時代、誰しもが人生をゼロからスタートできるわけではない」
これはレンがDI7に入ってすぐに教えられた言葉だ。いつも風に乗った花びらのように身を放り出してテキトーに生きてきたレンが初めて心に残った言葉だった。
「ゼロからマイナスに進む者を引き留めて、マイナスから動けずにいる者の背中を押す存在が今の時代の探偵の仕事の1つだ」
当時、
◇◇◇
歩いて数分後、依頼主の家の前まで辿り着いた。築はそれほど経っていない一軒家。下の部屋と2階の小部屋のみに明かりがついていた。
「インターホンは鳴らさずに2階奥の茶色の扉の部屋に来て……か」
レンはなるべく音を立てずに依頼主の言われた通りに行動した。
玄関には、溜まった大きなゴミ袋の山と同じ柄の空いたお酒と化粧品がごろごろと転がっていた。ゴミの中には犯罪者エフェクターの手配書や闇市場で出回っているDI7メンバーの手配書が丸まっていた。明かりのついている1階のリビングをスルーし、指定を受けた扉をゆっくりと引いた。
「こんばんは~……」
まず目に入ったのは殺風景な小部屋の隅で体育座りをしていた女の子だった。レンよりも酷いぼさぼさの銀髪。よれよれの服にやせ細った腕。手足のあちこちに薄紫色の痣ができていた。
レンは「やっぱり訳アリだね……」と心の中で思った。
「ボクが探偵の黒瀬憐。今日はとりあえず話を聞きに来たよ。君、依頼主の大西すいせい……さんだよね?」
「……うん」
今にも泣きそうな声だった。それでも彼女は強引にもてなしの表情を作り、座布団を渡してくれた。
「今回は個人当ての依頼だったんだけどさ! 何でボクを選んでくれたの? 一番凄い階級って言ってもさ、7人もいるわけじゃん?」
「依頼報酬が『その時の気分で』ってテキトーで依頼しやすかったから……」
レンはプロフィールにそんなテキトーなことを書いたことを少し後悔していた。
「……そ、それだけじゃないよね?」
「あと年齢が同じくらいだから」
「ボク……年齢非公開にしてるんだけど」
「見た目的に私と同じ中学1年くらいでしょ? 若いのに凄いなって」
「それ煽ってる? 煽ってるよね? ボクのスタイルが中学1年生だって???? 冗談だよね? ボクは冗談を言うのが好きだけど、冗談を言われるのは嫌いなんだよ?」
低い声ですいせいを言い詰めるレン。
「え? 違うの?」
「ま、いいんだけどね! 非公開だからそういう勘違いされることは覚悟してたし!」
「怒ってます?」
「怒ってます! あ、間違えた。怒ってない!」
はっきりとわかるほど、部屋の空気が変わった。
相手を自分のフィールドに強引に引き込み、テンポを軽くするレンの常套手段だ。
「それで? 悩み事聞くよ? メールには学校に行きたくない的なことだったけど……」
「私の髪の毛触ってみて」
レンは言われるがままに利き手で頭を触る瞬間、『バチバチッ』と静電気が腕まで走った。
触った毛先が稲妻の様に尖って、微かに光を帯びていた。
「レボトキシン……の能力……!」
レンは日頃の癖で思わず彼女から距離を取ってしまった。
「この力が原因で周りにうまく馴染めないの……」
「もしかして、その能力を自分でコントロール出来ない……とか?」
髪の毛がぼさぼさで服がボロボロなのはこの『電気』の能力が制御できないことによるものだったのだとレンは想像した。
「……そう」
「あのランドセルのそばに置いてある上履きの刺繡、この近くの白羽根小学校のだ。そして扉に掛かっている中学の制服、ここからは少し遠い西中学校のだ。つまり、敢えて友達がいないであろう学校を選択したんだね。学校が怖いってのはその力で誰かを傷付けてしまうから……だろ? その力のコントロールってのが今回の依頼内容でいいかい?」
レンは静かなトーンで推理したことを確認するようにすいせいに語り掛けた。
「正確には、小学校で既に友達を傷付けちゃったから」
「――――――っ」
全てを悟った。
彼女、大西すいせいという人物は今――マイナスにいる。
人の過去は事実として残り、決して変えられない。悲しいことだが、起きてしまったマイナスに人は常に足を引っ張られ、プラスの夢を語れるステージにすら立てなくなる。
この現実世界、マイナスにマイナスを掛けて、いきなりプラスに変身するなんていう魔法は存在しないのだ。
「それと、コントロールなんて私、望んでない……!」
すいせいは声を上げてレンの袖を強く掴む。
「どういうこと? 君の依頼内容はじゃあ、」
「DI7なんでしょ!? 世界をひっくり返せるほどのS級の能力を持ってるんでしょ?? その力で私のこの力を消して!!」
「ごめん、それはできない。ボクの能力だけじゃない。他の誰にも……できないんだ」
「ぅ……っ、そんな……」
すいせいは手のひらで目を抑え、「死にたい」と涙声で呟いた。
何がS級だろうか――。
レンはそう思った。
無力感をなんとか押し殺し、彼女を両手で抱き寄せた。
「本当にごめん……っコントロールするしかないんだ。マイナスなことばかりでさ……もう幸せなんて一生来ないんじゃないかなって思う時、ボクにもあるよ。でも、人生一度キリだからさ……何かどこかいつかで幸せになりたいよね。だから、まず、マイナスからゼロを目指そ? ボクの力でゼロに戻るくらいまでならサポートできるからさっ!」
全ての言動がレンの本心だった。
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