2章:探偵の人生相談

第9話 新たな依頼

 レンが正式に平野家に来てから3日。既に2つの問題が発生していた。

 1つは紫水の妹である平野ミユとの関係だ。

 それも、ミユが勝手にレンと紫水が付き合っていると勘違いし、それに対してレンが煽るように冗談を放つというようなものだった。


「あんた食べ物の好き嫌い激し過ぎるからお兄ちゃん困ってるでしょ! 作る人のこと考えてよ!」

「紫水の作るハンバーグが一番好きかな~。家庭の味ってやつ? 私は食事でもそれ以外でもね、好きなことだけ見てればいいなぁ~って思ってるよ妹ちゃん」

「うるさい!」


「……はぁ」


 また始まったと紫水はため息をつく。


 そしてもう1つは……。


「ご馳走様~。紫水、またゲーム貸してくれ。昼ご飯はいらないから気にせずに~」


 話が終わるとレンは部屋に引きこもってしまった。こうなったら少なくとも8時間は出てこない。


「ねえお兄ちゃん……レンのやつ意味わかんないんですけど。この家を事務所代わりに使うとかカッコつけておいて、やってることゲームじゃん! 命の恩人の探偵? この引きこもり残念片目美少女が!!??」

「命の恩人と美少女は最高級の褒め言葉なのにな。……でもまあ、確かにその通りではある」

「でしょ!?」


 ミユは呆れた表情を見せて2階の自分の部屋に向かっていった。


 紫水は少し考える。

 もしかしたら、部屋の中で既に大きな事件解決のための作戦会議をしているのかもしれない。元第一級探偵ならありえること。

 もしかしたら、部屋の中で誰にも言えない心配ごとを抱えているのかもしれない。きっとDI7を抜けて日が浅い……十分ありえること。

 考えているうちにどんどんと気になってきた紫水は扉の鍵穴に恐る恐る近づいた。


「これは決して『覗き』ではない。そうだ。これは思春期の娘を心配する父親の気持ちと一緒なのだ。俺は正しいことをしようとしているだけだ……」

「何言ってるの? お兄ちゃん。犯罪??」

「犯罪ではない、心配だ」

「今踏みとどまれば未遂ってことで許してあげるよお兄ちゃん……」


 2階に行っていたはずのミユが、ハイライトを落しガン開いた純黒の瞳を紫水に突き刺しながら、ユラユラと階段を降りてきた。


「怖い……けど、その手に持ってる鍵はまさかレンの部屋の合鍵か? なんだかんだ言って俺に協力してくれるんじゃないか」

「…………? 違うよ? お兄ちゃんが悪さしないように部屋に閉じ込めないと……!」

「犯罪者だ……!! レン!」


 バタンという音とともにレンが顔を出した。


「それ何のコント? 私何も台本貰ってないんだけど」


「「…………」」


 紫水はバカバカしくなり、さっさと学校へ行く支度を始めた。ミユは既にジャージに着替えており、忘れ物がないかカバンの中をチェックしている。


「私はそろそろ行くから、戸締りよろしく」


 ミユは陸上部の朝練で紫水よりも早く家を出る。戸締りはレンがいるからする必要はないのだが、長い2人での生活の慣れが抜けずにいるらしい。

 

「ホント、抜け目ないというか真面目な性格だね。妹ちゃん。表では」

「学校ではあらゆる面から尊敬されてるらしい。っていうか、珍しいなレン。見送りか?」

「いや、仕事」

「え?」

「依頼だよ依頼! DI7を抜けてから組織から回ってくる依頼は勿論無くなったんだけどね、個人当ての依頼が残っててね」

「へえ、どんな依頼だ……? それ」

「学校が怖い、行きたくないって女の子からの依頼。実際に私がそういう経験をしていたら寄り添えたかもしれないけどね……」

「なるほど、それで……」


 人の心を理解するには相手の感情を深く知る必要があるという話を両親から聞かされたのを紫水は思い出していた。

 

「やっぱり会って話を聞いた方が早いね、こういうのは」

「そうだな、依頼主はDI7じゃなく、レンに頼んだということはお前から何かを導き出したいと思ってるはずだろう」

「そうかな」

「ああ」




◇◇◇


 


 夕方。



【   依頼人:大西おおにしすいせい

   依頼内容:人生相談/不登校

 依頼希望探偵:黒瀬憐           】

 


 レンは改めて依頼内容を確認する。


「人生相談……か」


 

 仕事用のスーツを身にまとう。

 時間は親が居ない夜が良いとメールで来ていた。


「ボクが行く」


 レンは鏡の前でこれから会う依頼主に呼びかけていた。

 紫水は聞こえてきた『ボク』という一人称からレンは既に仕事モードに入ったことを察し、玄関に駆け付けた。


「今出勤か?」

「おっ、今度は逆に見送ってくれるのかい? 紫水」

「こんな時間から大変だなって思っただけだ」

「ボクはDIトップ7の中で唯一24時間営業だったしね。頑張り屋さんなのさ」

「自分で言うなよ。それに……そこの労働基準法はどうなってんだよ」

「で、行ってらっしゃいのチュウは??」

「するわけないだろ!」


 目を横に逸らしながら紫水が言った。

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