第7話 犯人の正体

 ――取引日


 早朝から出発するまで、紫水とレンは一言も会話をしなかった。

 それは深夜までに何度も当日の動きを確認していたからだ。それも何十パターンものシュミレーションを。

 紫水は出掛ける前に一言、検討を祈るとでも言っておこうかと思ったが、止めた。 

 正直、彼女と出会ってから数日の関係で分かったことは少ない。トップシークレットだのわけのわからない冗談だのとうるさく言ってくるからだ。紫水も尊敬の念は無いし、友情が生まれたわけでもないし、恋愛的な感情も勿論ない。


 ――ただ、信頼はしている


 だから。言葉は必要なかった。




◇◇◇



 元半導体製造装置部品工場、エントランス。


「お邪魔しま~す」


 レンは中に入った。監視カメラが作動中になっている。奥の部屋まで行くと作業場に行く通路が現れ、自動でドアが開いた。

 どうやら工場内にまだ電気は流れていて、システムも通常運転しているらしい。

 レンは自分の姿と音が既にこの工場のどこかにいる犯人にバレていることに気づいている。そのため、挑発するようにこれまでの捜査と推理を大きな声で話した。


「目的は『探偵殺し』だったね君。聞こえてるんだろ? 出てきなよ」


 音が無い。レンは続けた。


「陸上競技、うまくいかなかったからって周りに迷惑かけちゃダメだよ? あ、そうそう。平野ミユちゃん、北第一高校第二グラウンドの使われていない陸上部の部室に隠したんでしょ? 今頃、お兄ちゃんの平野紫水くんが救出してるかな~」


 その瞬間、大きな衝撃がした。

 2階から厚いガラスが割れ始めた音。空にガラスの破片が飛び回り、その中心に薄灰色の重々しい大きなガスボンベが途轍もない速さで真下に落ちてきた。レンとの距離は僅か2m。

 素早く腕を顔の前でクロスし、避けるように後方にジャンプしたが、細かなガラスが腕を掠り、細い血が流れだした。


「―――――っ!」


 衝撃が止んだ数秒後、レンはゆっくりと左目を開けると、奥から影が迫ってくるのが見えた。

 キィキィと音がした。


「車椅子……?」


「お前、何か勘違いしてるな?」


 目の前に現れたのは、車椅子に乗った高校の制服を着た男だった。

 右足にはありえないほどに厚く巻かれた包帯。どうやらレンの推理は正しかったようだ。


「怪我による挫折……分かりやすいんだよ、君。馬路スバル……高校陸上であらゆる賞をその足で獲得してきた神の足とか言われてた男。テレビにも撮られてた有名人……」

「その肩の勲章……大当たりだア! 名探偵だな? なのに平野ミユがお前らをおびき寄せるためのエサだってまだ気づいてねぇ~のかよ!」

「探偵殺しは誰かに命令されたことだな?」

「あぁ。陸上で怪我をして全てに絶望した俺に第二の人生をくれた。恩人のためなら俺は何だってするぜぇ!」

「勘違いしているのは君だよ、ボクを殺すことはできない」

「それはどうかな?」


 その時、レンは既に2手遅れを取っていた。

 1つ目は、彼が瞬く間に背後約5mまで移動していたこと。車椅子の移動では決してない。2つ目は、避けた着地点に尖ったガラスがあり、右足を負傷してしまったこと。

 しかし。

 その遅れによって、彼の能力を完璧に把握できた。

 レンはやれやれとため息をつき、右眼の包帯に手をかけた。


「推理はとっくに終わってるからね。ここからは、このを遣う」


 包帯の下から現れたのは、クリスタル色の瞳の眼だった。キラキラと輝いているその眼はこの世の悪の全てを浄化するような神秘性を放ち、穢れを知らぬ宝石のようだった。


「お前の能力は瞬間移動のたぐいだろ? 一度触れた物を見える場所に移動させることができる、とか」

瞬間移動トランスラダール! 自分の足で頑張らなくてもっ好きな場所に一瞬で移動できるし、物も動かせるっ。その眼がお前がレボトキシンで授かった能力か?」


 馬路はガスボンベを憐の頭上に瞬間移動させていくが、全く当たらない。負傷した足なのに、寸前、ギリギリで避けられてしまっている。


「これは避けれないだろっ!」


 馬路は諦めずに過去に触れていたと思われるナイフや包丁、トラックのタイヤや陸上ハードルなどを次々とレンの頭上に雨のように落としていった。

 ――しかし

 全てが落ち終わり、土煙が消え去った視界にはレンが堂々と立っていた。


「予め閉鎖空間に設置しておいたプロパンガス。お前はその瞬間移動でプロパンガスの器であるボンベを移動させ、ガスをターゲットに浴びさせた。このからのボンベが証拠だ」


「ち、近寄るな! これを見ろ」


 刹那。

 馬路は目の前の視界から消え、背後をナイフで突き刺そうと瞬間移動してきた。

 迫ってくるナイフをレンはまたしても紙一重でかわした。


「無駄だよ、当たらない」


 馬路はそのまま瞬間移動を使い、またしてもナイフを死角から2回目、3回目と刺してきたが、そのナイフは空を断ち切った。

 レンは反撃の拳をそのまま馬路の腹に入れようと体を捻って手を伸ばすが、こちらもまたギリギリでかわされてしまった。瞬間移動ではなく、シンプルに避けられたようだ。


「はぁ……っ、はぁ……何でだ! 俺は一流の陸上選手で、能力段階エフェクトスケールはA! お前みたいな女探偵に負けるわけがないはずなのに……!」


「はあ……」思わず溜息が出る。

 右眼を覆っていた包帯を血の線だらけの利腕に巻きなおし、左胸の内ポケットから拳銃を素早く取り出した。


「この勲章がどういうことを意味するのか、知らないらしいな。『推理』が武器の名探偵……それだけだと思ってたか?   DI7  第一級探偵能力段階Sディーアイセブン プリメーラ エフェクトスケール エス。それがボク」



「――――――っ!?」



「能力の名は、『探偵の千里眼プライベート・アイ』――」

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