第6話 武器は持ったか?

「それはだ」


 プロパンガスは本来無臭のガスである。

 しかし、事故時早期発見のためメルカプタンというものを使用して臭い付けを施している。これが腐った玉ねぎの臭いに非常に似ているとレンは語った。


「あの廃校舎から南だったよな? 俺が寝ていた教室の外窓は」

「正しくは南南西だ。あの日の夜は風はなかった。場所は近いな」

「犯人の動機、ミユが当日監禁されるであろう場所、殺手段の3つがわかったことになる。推理というか足で調査した結果だが、よく突き止めたな」

「推理だ!! 名探偵の名推理!!」


 幼い子供のようにレンが紫水の肩をポカポカと叩く。


「殴るな殴るな! あとは犯人が誰かってのと、捕まえられるかってとこだろ?」

「それは安心してくれ。明日面白いものを見せるよ」


 病院を出た紫水たちは今日は一旦家に帰ることにした。




◇◇◇




 次の日――


 チャイム音で起きた紫水は目をこすりながら下への階段を降りた。

 すると。

 朝一番で郵送されてきた段ボールを勝手に受け取っていたレンの姿が見えた。


「人の家で勝手に注文するなよ」

「本部に取りに行くのめんどくさくてね。これは取り寄せだよ」


 レンは玄関で段ボールをぐちゃぐちゃと開封し始めた。


「刀身長19cm、両刃ダガーナイフ、投げナイフが4刀と拳銃SIG P225が4丁。9×19mm弾薬が大量っと。頼んだものはこれで全部だね!」

「『全部だね!』じゃねーわ!! 何、物騒なもん広げてんだ!」

「2030年くらいまでの犯罪だったら、推理して犯人特定して縄かけてお終いって感じだったけど。今は推理じゃ追い詰められない」

「レボトキシン……か」

「助手くんは当日妹ちゃんを助けに行く時、念のためだけど武装していって。銃は利き手ですぐ取り出せる方のスーツの中に隠しておいて。それと利き足じゃない太ももにこのナイフを見えるように装着してね」


 レンは慣れた手つきで装備を着けていった。


「こんな感じ。ナイフを敢えて見せるのは、近接戦になるべくならないように」

「手練れだぞっていうハッタリをかますわけか」

「そ。あくまでこの装備は護身。逃げられるなら逃げなさい」

「正論だな」

「取引当日まで、あなたには戦闘の基本と装備のさばき方を教えるわ。まずは朝食作って!」

「…………」


 自分からは絶対戦わないが、身を守るには必要なことだと紫水は思い、その提案にのった。

 ちなみにレンが家に来てから朝食と夕食は全て紫水の手作りだ。普段は妹と他の家事を含めて分担しているのだが、1人だとかなり大変だと痛感した。


「今日はパスタかな! あとトマトは嫌いだから海鮮で」


 何よりも大変なのは注文が多いことだ。




◇◇◇




「いい? 意識するのは2つ。弾を当てること以上に相手の攻撃に注意すること。入ってる弾の数を覚えておくこと。常に2手先を予測しなさい」

「そんなの急に言われても……。予測なんて経験でしか上達しないじゃないか」

「ならボクもやってる方法でそれは訓練しよう」


 レンは先ほど受け取った段ボールの奥から将棋盤を取り出してきた。

 「なるほど」紫水はなんとなく納得した。


「察した?」

「ああ」


 昔に父と将棋をしたことがあった紫水は駒の動かし方くらいは熟知していた。


「将棋を軽く打ちながら、エフェクターについて少し予想しておこう」

「能力か?」

「空気が籠る空間にターゲットを置いて、そこにプロパンガスを流して酸欠状態に陥らせて殺す。これを今回の犯人は遠距離で行うことができる」

「遠距離でガスを出す能力とか?」

「それなら探偵をそれで攻撃できるだろ? まだまだ予測が足りてないね」

「じゃあ、遠距離の物を少し壊すことができるとかか? プロパンガスが入ったタンクに穴をあけて漏れさせるとか」

「昨夜に調べていたこの町のガス漏れ事件はどれもタンクに傷一つ無かった」

「傷付けずに中身のガスを取り出したってことか?」

「ああ」


 話に気を取られて雑に駒を進めているうちに紫水の王はいつのまにか丸裸にされていた。

 一方、レンの陣地は銀や金などの強力な駒が王を囲うように配置され、完璧な守りの城を築いていた。


「助手くんは攻めようと駒を動かして、布陣が崩れちゃった。いい? 戦う上で大事なのは、だよ」

「ミユ……」

「そ! たとえ犯人が捕まらなくても助手くんは妹ちゃんを助ければ、それは勝利なんだ。ま、ボクは負けないけどね~!」

「――フっ、冗談だけじゃないんだな」


 冗談こそ多い探偵だが、たまにハッとさせられるような事を言ってくる。

 悪くない。

 ガチガチの接しづらい名探偵よりはましだと紫水は静かに思った。

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