第3話 報酬は前払いで

 足元のナイフを凝視しながら紫水は黙った。


 倫理だの法律だの常識だのを無視すれば……妹を最優先すれば……そのような選択肢が生まれるかもしれない。

 でも、選択肢が生まれたとしても、決して実行はしない。紫水はレンに「それは万に一つもありはしない」と強く言い放った。


「ま、冗談! 冗談だよ~! ……なら、誠実な手段で事件を解決しよう。ボクも本気で協力する。最後の仕事だ。これくらいはサービスだよ」

「全て解決する手段があるのか? 犯人はどこのどいつなのか、取引場所に本当に妹はいるのか、エフェクターだったらどうするのか、何もわからないんだぞ?」

「当たり前だ。探偵の武器は紛れもなく持ち前の『推理』だ。全てを解き明かして犯人を追い詰める。ボクを誰だと思ってる!」

「俺を拉致監禁した残念冗談少女(自称探偵)だろ」

「違う!!」


 紫水とレンは一先ず教室を出た。


「ここは隠れ家的なところなのか?」

「今の家だよ。ボク……ホコリまみれじゃないと寝れないの」

「え……?」

「冗談でした~!! 自分の家がないだけ~」


 自分が思い描く探偵のイメージとかなりかけ離れていると紫水は思った。どんな時も真剣、鋭い言動で物事にあたる。映画やドラマ、小説で活躍していた探偵像のどれにも彼女は当てはまらなかった。そもそも冗談を言う探偵がどこにいるというのだ。


「ホントに探偵なのか? その……2割くらいしか探偵って思えるシーンがなかったもんで」

「4割はあっただろ! 決めるときだけ決めれば良いんだよ、助手くん」

「……助手?」

「事件解決までは一緒に行動することになるんだから、君は助手! 相棒はまだ早いかな~」

「へいへい」


 紫水は諦めた声で返事をした。


「これはボクが調べたデータブックと名推理で導いたもの。目を通しておいて」


 レンは紫水の目線上に細かく書かれたノートファイルを表示させた。


【一つ、犯人は人目に触れずに行動できる手段がある。】


「ボクは君をここに連れてきた後ずっと君の家を監視してたんだ。任務外のことだけど興味本位でね。そして、気づいた時には君の妹ちゃんは連れ去られていたというわけ」


【二つ、取引場所は今は使われていない半導体製造装置部品工場。】


「妹ちゃんから受け取ったメールの添付ファイルにあった情報。取引ってのはさっき言ったやつ」


【三つ、あとは何も分からない。】


「あとは何も分からない……」

「同じことを繰り返すな……! 自信満々だった推理は??」

「分からないことが分かったんだという推理だ!」

「はぁ……」


 言い返す力が湧かない。紫水はファイルを閉じて、家のテレビ型電話機にあるはずの録音メッセージを聞きに行こうと提案した。

 外に出ると、拉致されていた廃校舎は『北第二高校』だと分かった。神市を北西に進んだ山のふもと。駅からは車でも30分以上かかるであろう場所だった。


「家まで歩いて20分か。どうやって運んできた? 校舎の周りには車は無かったぞ」

「お姫様だっこに決まっているじゃないか~。ボクの胸の中でスヤスヤ寝てたんだゾ?」

「また冗談か」

「え、これは冗談じゃないよ……?」


 レンの表情を細かく見て、それが冗談ではないと気づいた。

 嬉しいような悔しいようなそんな心持ちだった。


「ずっと聞きたかったんだけさ。その右目の包帯、今流行りのファッションなのか?」

「これは最高機密トップシークレット

「あっそ! ツッコミどころしかなかった自己紹介と冗談の多さで頭がバグりそうなんだ。追加の中二病設定は勘弁してくれよ!」

「中二病じゃないわ!」

「もっと歩くスピードあげろよ! 一刻も早く妹を助けに行かないと!」

「は~い」


  真っ暗な道を走る。時刻は深夜すぎ。少しして、紫水は走りづらいスーツを見てレンに言おうと思っていたことを口に出した。


「このスーツ、勝手に着てたんだが……もしかして」

「そうそう着させたのそれ! ボクとお揃い」

「え……? もしかしてそういう趣味?」

「そんな感じ~!」

「テキトーに流すな……」




◇◇◇




 平野家。

 紫水とミユが小学生の頃は4人でこの大きな一軒家に住んでいた。

 しばらくして。

 ――両親が亡くなった。知り合いの警察官から殉職だと聞かされた。

 紫水の生れつきの悪運体質は親譲りだったようだ。警察組織がまだ超異常特殊犯罪を追っていた時、脱走したエフェクターがこの町に隠れたところを両親に見つかってしまった。いや、逆だ。エフェクターに両親が標的にされてしまったのだ。


 そのエフェクターはまだ捕まっていない。


 2人とも復讐は誓わなかった。それでも両親のように平和を望みたい、平和をつくりたい職には就こうとは決意した。




◇◇◇




「そう心配するなよ助手くん」

「……え?」

「ボクはDI7の第一級探偵、黒瀬憐だ。大船なんだぞ」

「辞めるんだろ、ソレ。……さっさと名推理とやらで犯人を捕まえてくれ」


 予想通り。部屋に入ると電話記録に1つの録音メッセージが残っていた。


「これを再生する前にさ」

「何だよ!」


 一呼吸置かずに紫水はつっこむ。


「報酬の話。大事だよね?? 後払いの雰囲気だったけださ~ボク、できれば前払いが良いな!」


 レンはいきいきと話す。 


「いくらだ?」

「お金も良いけどさ~今欲しいのは美容グッズかな!」

「それ以上美人になっても名探偵には関係ないだろうが……まあいいよ」

「ボク専用の作っててよ。ボクがいろいろ調べている間に」

「アイマスク……?」

「最近眼が疲れやすくてね。右目が包帯だからさ~左目だけのアイマスク! ハサミでカットして作ってよね半年分! それが前払い報酬ね」

「………………っ……………………」

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