第2話 超異常特殊犯罪と探偵殺し

 ――少しだけ日本の歴史を振り返る。


 2035年。

 日本は、二酸化炭素の排出量削減の第一歩となる、クリーン電力の安定供給システムを実現させ、世界に誇る技術力と信頼を獲得することになった。世界の環境問題およびそれに伴う戦争犯罪の6割は解決。日本経済は大成長し、当時世界で流行っていた人類滅亡まで謳われたウイルスの特効薬の開発により、世界医療機関の中心に位置。日本は超大国となった。


 そんな中、犯罪の発展もあった。


 <レボトキシン>。服薬者の1%が生きた状態で人知を超えた力を手にできる超人薬。能力を得た者を<エフェクター>と呼び、ハイリスクハイリターンなその薬は若者や犯罪屋の間で流行り、それから5年後の2040年には<超異常特殊犯罪>が蔓延る日本になってしまった。


『本日をもちまして。我々日本警察は、超異常特殊犯罪に関する全てを放棄します』


 その会見が行われた2040年1月30日。日本から『安全』は無くなった――。

 刑法犯は5年前の約45倍。死者数は過去最多。

 そして。

 警察組織の信頼が衰退する中で新たな組織が設立された。

 探偵協会<DI7>。※DI: Detective intelligence の略。

 超異常特殊犯罪を専門に解決するその組織の幹部には、正義のレボトキシン服用者が7人いると言われており、事件解決および薬の根絶に日々活躍してくれている。

 かつて核戦争の抑止力として自らも核を保有した国のように……。


『この度、DI7、ランキング1位に選ばれました大野悟おおのさとるです。目には目をエフェクターにはエフェクターにを……我々は正しく能力を使い、超異常特殊犯罪の根絶にこれからも努めていきます』


 リーダー的存在大野悟の人望により、DI7はすぐさま国民の心の拠り所となり、将来なりたい仕事ランキング上位に『探偵』が入り込むほど人気となっていった。



◇◇◇



「目的を話せ。いつからDI7は『犯罪者集団』にジョブチェンジしたんだ?」

「やっぱりそうなっちゃうよね。これは依頼なんだよ」

「依頼? 誰のだ?」

「平野ミユ。君の妹さんから。ほら、メール」


 レンは自分のスマホに送られてきたメール内容をAR表示に切り替え、目の前に出してくれた。


【私たち兄妹に録音された脅迫電話が届きました。文字化したものを最後に添付ファイルで送ります。この電話のことは全部兄には内緒にしてます。「お前たち兄妹のどちらかを誘拐する。誘拐されなかった方は『探偵の死体』を持って来い。ソレと人質と交換してやる」というの簡略化した内容です。なので、先に兄の安全の確保をお願いします。手段は問いません。私が誘拐されるまでは……絶対に。】



 拉致した犯人が目の前にいる少女で、その正体はDI7の超一流探偵。妹はまた別の犯人に誘拐されたときた。頭が混乱の連続でおかしくなりそうだ。

 しかし。

 全ての辻褄が合うことに紫水は気づいた。まず、完璧な拉致。いつ、どこで、どうやってこの廃校に紫水を連れてきたのか。DI7の超一流探偵ならたやすいことだ。次に、体の自由を奪わなかったこと。それは妹のミユの依頼には無かったためだ。「安全」な場所にさえ連れて行けば、紫水の身を縛る必要はない。むしろ依頼違反になる。最後に、音もなく机と椅子のバリケードを剝がせた理由。これは簡単だ。黒瀬憐が自分で組んだからだ。他の者が手順違いにバリケードを動かせば、音が鳴り、すぐに駆けつける。ある種の、紫水の安心を守るセキュリティーのようなものだったのだ。


「今ミユは? DI7の他の探偵が捜査してるのか??」

「ボクは今朝、依頼通りの行動をとった。妹のことは誰も捜査に出ていない」

「ふざけるな! DI7は依頼だけ完遂すれば他の事件なんてどうでもいいってのか……!」

「……」


 言葉が出なかった。


「犯人を捕まえて~って依頼にすればよかったのにね」

「ミユは昔から根拠がないままで好戦的な考え方はしない。安全第一だ……それも俺の。……終わったことはもうしょうがない。だから、俺からも依頼だ。妹をこれから助けに行く。その取引の居場所を教えてくれ」

「今は使われていない半導体製造装置部品工場。はい、これ預かってたスマホ。地図を転送したよ」

「意外と素直だな。依頼を終えるまではここから出さないとか言われたら困っていたよ。報酬は全部終わったらいくらでも」

「依頼は妹さんが誘拐されるまで、だからね。それに君、状況分かってる?」

「居場所が分かるなら行くに決まってるだろ? 犯人は必ずそこにいる」


 紫水は全て分かっていた。DI7に依頼を頼んでいる時点でこれは普通の事件じゃないことを。『探偵殺し』の『超異常特殊犯罪』、すなわち犯人はレボトキシンによる何かしらの能力を持っているに違いない。危険を超えた己の死が見える事件だ。

 ――しかし

 ミユは自分のためにこのような強引な手段で護ってくれた、もう家族はミユしかいない、今度は自分が無茶をしてでも助けに行かなければならないのだと紫水は考えていた。


「君たち兄妹が無傷で助かる近道をボクが教えてあげるよ」

「?」

「取引なんだろ? 『探偵の死体』を君はその場所に持っていけば、全てがうまくいくというわけだよ。わかる?」

「何を言ってんだ……?」


 レンは鋭く尖ったナイフを紫水の足元に転がした。


「キミがボクを今ここでせば事件は解決する」


 レンは淡々と他人事のようにそう言った。

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