探偵の武器は推理だけじゃない。
ミステリー兎
1章:探偵の千里眼
第1話 出会いは拉致監禁
外は夜。ひびの入った窓ガラスから微かな冷気が入ってくる。
錆びた鉄の匂いがこびり付いた古机に、土埃だらけの床、ボロボロに剝がれた壁紙。
目を覚ました紫水はこの教室は自分が普段通っている高校とは違う学校、それも廃校だとすぐに察した。
「俺……どうしてたんだっけ……」
ここで寝ていた経緯を思い出そうとした紫水だったが、完璧に何も思い出せない。
足を床に付けて立ち上がった。
よくよくまわりを見渡すと、黒板の前には衣装鏡が立て掛けてあり、その隣には年季の入ったタンス、その上には茶碗やハシ、ヤカンなどが無造作に投げられてあった。
やけに生活感のある教室だなと紫水は思った。
「は?! へ?! 何だこの格好……」
鏡の前に立つまで自分の姿がいつもと違うことに気づかなかった。高校の制服でも、持っている私服のどれかでも、はたまた寝間着ですらない。
身に着けていたのは黒のスーツに黒のネクタイ。いつもの制服に似ていて気づかなかったのだ。
廊下に通ずるであろう2つの扉は外から木の棒が斜めに立てられている。さらに机と椅子が外からバリケードのように組み立てられ、強引にも外に出ることはできなかった。外窓からの景色は山オンリー。高さは4階といったところ。もちろん飛び降りることは不可能だった。
すなわち――
拉致監禁された。
携帯用通信機器が盗られていたためこの状況を通報はできないが、今起きているのは普通の事件なのか超異常特殊犯罪なのか。
「とりあえずここから脱出しないとな……!」
紫水は教室のカーテンを外して、下の階に降りるためのロープにすることにした。本来は地震や火事が起きた時の学校での対処法である。それも、災害時脱出装置がまだ普及されていなかった時代のである。
「ん? この臭いは玉ねぎ……か……?」
窓に腰を下ろすと、外が何やら野菜の玉ねぎのキツイ臭いがしたので思わず鼻をつまむ。さらに、遠くからサイレンの音がこちらに向かって大きくなって聞こえてきた。
おそらく、最近ニュースでよくやってるガス漏れかもしれないと紫水は思った。
クリーン電力が7割以上の電力需要を補っている日本だが、それはあくまで都会の話。紫水が住むような都会外れではまだまだ昔ながらのシステムが町を動かしていた。
「平野紫水くんの身長は177cm、体重59kg。そのカーテン、虫に食われて耐久性が落ちてるから危ないかもよ。脱出には理想的な手段だけども、もうちょい現実的に考えないとね」
脱出の作業に夢中になっていた紫水はすぐ背後までその少女が来ていることに気づかなかった。
白銀のショートカットに右目を覆うように雑な包帯が巻かれている。肌は人形のように白く、男物の黒スーツがさらにそれを際立たせていた。端正な顔立ち、美のつく少女というやつだった。
紫水は彼女に一瞬目を奪われていたが、冷静になった。扉を見ると、綺麗にバリケードが剝がされている。……それも1つの音もたてずに。
「これ、何だか分かる?」
「
「名前は
彼女が手に持っていた
超一流の名探偵だ――
それを辞めたなんて、よっぽども変わり者としか思えない。そう紫水は思った。
「その、黒瀬さんは、ここに助けに来てくれたんですよね……?」
「レンって呼んでよ。昔に活躍してたアイドルグループのジャ〇ーズみたいでカッコイイでしょ? ボクの名前。あっそうそう、一人称は仕事の時『ボク』って言ってるの! これも王子様みたいでカッコイイでしょ?」
「超一流探偵組織のDI7は、辞めたんじゃなくて、辞めさせられたんだろ? 初対面でそんなギャグみたいな会話してくるヤツはだいたいド変人だって俺の妹が言ってたよ」
彼女と勲章を見たときは才色兼備な名探偵が助けに来てくれたのだと歓喜したが、全て撤回だ。
彼女――黒瀬憐は、いわゆる残念美人。DI7の名探偵かどうかも怪しくなってきた。
「で、俺を拉致監禁した犯人はもう分かったのか? 体を縛りもせずに監禁とは、随分余裕な犯人なんだろうな」
おちゃらけた顔から真剣な表情になった黒瀬は人差し指を顎の下を指すように伸ばしてゆっくりと口を開いた。
「君を
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