第9話 兄と妹。

 

「捜査員を三つに分ける。それぞれのチームで、別の線を追う。俺は黒の一號の足取り捜査を引き継ぐ。鯉幟さんは、被害者の周囲を引き続き調べて下さい。正戸は、Egを扱う組織に関する情報を集めろ」

 司法局に戻ったアイリがコウに聞かされた事を報告すると、花立は方針を示した。

「普通に指揮を執らされてるが、俺はそもそも室員じゃねーんだがねぇ」

 おやっさんが頭を掻きながら言うのに、花立は軽く笑みを浮かべる。

「第三室長命令です。すっとぼけても駄目ですよ。貴方が一番確実な仕事をしてくれるのは、俺と刑事部長が知っています。……この件に関しては、動いて貰いますよ?」

「まぁ仕方ねぇか……」

 おやっさんは溜息を呑み込んで、了承した。

 何かアイリの知らない事情がありそうなやり取りだが、アイリの興味はおやっさんが持って来た情報の方に向いていた。

「コウが、お姉さんと装殻の件以外でも、黒の一號に関わってるの?」

「確実じゃねぇがな。彼が黒の一號に関わってるってぇ話を聞いてから、ちょっくら彼の動きも調べてみたんだ。そうしたら、地域課の方で奇妙な目撃情報があってよ」

「羽を生やした化け物が空を飛んでた、って奴だよね。それがどう、コウと関わってたの?」

「黒の一號が殺人事件を起こす少し前の話だ。その目撃情報と前後して、公園の監視カメラが壊されてたらしい。化け物ってのが何なのかは分からねぇが、臭い話だ」

 頭を掻くおやっさんに、アイリはぽつりと呟いた。


寄生殻パラベラム……」


「なんだって?」

「コウが言ってたんだ。Egは寄生殻化を引き起こすクスリだ、って。もし化け物ってのが、Egで寄生殻化した誰かだったとしたら」

 アイリの推測に、おやっさんは室長と目を見交わした。

 室長が静かに言う。

「それが本当なら、この件にも黒の一號が関わってる可能性は高いな……」

「だな。俺は、壊された監視カメラが直前で捉えた映像を当たってたんだが、そこに、どうもコウくんらしき少年が、女の子と二人で歩いているのが映ってたんだ」

 おやっさんは、自分の装殻に保管しているAR画像を室長とアイリに渡した。

 映っていたのは、ツインテールの少女と、会った時と同じツナギ姿をしたコウの、後ろ姿。

「マサト」

 アイリが頭の中の少年に呼び掛けた。

『ああ。やっぱり、北野コウには黒の一號との間に何かがありそうだな』

 何かを考えていた室長は、アイリに質問した。

「正戸、鯉幟さん。北野コウというのは、どういう人物だ?」

「調整士だよ。ちょっと暗いし失礼だけど、腕は良いって」

「彼はな、花立くん。非適合者だ」

「非適合者……」

 室長は、おやっさんが付け加えた情報を反芻した。

「それは本当ですか?」

「公式記録にも当たったから、間違いはねぇ。彼は装殻に完全に適性のない存在だ」

「それがどうしたのさ? 僕も非適合者だったよ、昔」

 なんだか、その言葉に妙に引っかかっている二人に、アイリはちょっと気分を害したような気になった。

 非適合者だから何が悪いという訳でもない筈なのに。

「悪いな、ボン。そういう意味じゃねぇんだよ」

「アイリ」

 謝るおやっさんと違い、室長は何故か厳しい顔になってアイリに告げた。

「早急に、ジンという情報屋に会え。段取りはつけて待ち合わせ場所は送信しておく」

「え? Egの捜査はどうするの?」

 いきなり方針を変えた室長にアイリは戸惑うが、室長は厳しい顔のまま続けた。

「二人の情報で少し事情が変わった。Egに関しては、寄生殻化を引き起こすというのが事実なら早急に対処しなければならん。情報屋と会うまでにはまだ時間がいる。その間に薬物対策課に行って話を聞け。どうせ、会うのは司法局の外だ。こちらの準備が出来次第、情報屋と会え」

「待ってよ。何でその情報屋と会わないといけないの?」

「情報屋から貰う情報はEgに関する事と無関係じゃない。おそらくは北野コウともな。あの男が知る情報は正式な情報としては扱えないが、捜査の役に立つ筈だ」

『アイリ。ここは素直に従え。室長の言う事なら、それは多分必要な事だ』

 マサトは室長を支持した。

 アイリも、別に室長のやる事が無意味だと思っている訳ではない。

 ただ納得がいかないだけだ。

 しかしごねていても、室長が詳しい事を話してくれないだろう事も理解していた。

「……分かったよ」

 アイリは頷いて、室長室を後にした。


※※※


「お兄ちゃん!」

 買い出しに出たコウが声を掛けられて振り向くと、そこに制服姿の女の子がいた。

 黒髪のツインテールに、幼い笑顔で大きく手を振る彼女は、コウの妹だった。

「アヤ。学校終わり?」

 コウとは少しも似ていないその少女は、嬉しそうに笑いながら足を止めたコウに駆け寄った。 

「うん。お兄ちゃんは?」

「仕事で必要な部品を買いに来た」

「ふぅん。儲かってる?」

「まさか」

 コウにとってアヤは、シュリ同様に気心知れた相手だ。

 気負う事なく会話出来る数少ない相手でもある。

「アヤは、何でこんな時間に?」

「今日は課題が早く終わったら帰れる日だったから。学校の情報系授業なんて、満点で当たり前だもん!」

 アヤは情報系装殻の扱いに長けている。

 姉と同様、装殻を扱う才覚と頭脳に恵まれているのだ。

 シュリが学生格闘大会を総ナメしていたのと同様で、アヤも片っ端から情報系の大会で賞を攫っている。

「それより、お兄ちゃん。お母さん達、心配してるよ。また仕送りを断られたって言ってたし」

「……実の両親の遺産があるし、仕事もしてる。左うちわじゃないけど生活は十分出来るんだから当たり前だろ。本当なら、俺が家に仕送りしなきゃいけない立場だ」

 コウは、小学生の時に事故で両親を亡くした。

 両親に親戚はなく、そのままでは養護施設に入るしかなかった彼は、親の親友だった北野家に好意で引き取られた。

 その北野家の子どもが、幼なじみのシュリとアヤだ。

 だから彼らとコウは血が繋がっていない。

「お兄ちゃんが仕送りしなくても、うちはそれなりに裕福だもん。そんな事より、お兄ちゃんがあんまり家に帰って来ない事の方が問題だよ!」

「仕事忙しいんだよ」

「一駅しか離れてないし! 仕事終わりに余裕で遊びに来れるのに!」

 頬を膨らますアヤに、コウは苦笑した。

 彼が家を出たのは、三年前だった。

 中学卒業と同時だ。

 その時点で、彼は調整士試験を受けれる下限年齢であり、なんとか合格点ギリギリで調整士資格を得た。

 義理の家族は大喜びだった。

 調整士試験は難関で、ギリギリとはいえ当時のコウの年齢で合格する事自体が稀なのだ。

 にもかかわらず、以来ずっと二級なのは食い扶持を稼ぐ為に必死だった事もあるが、そもそも一級試験には『仮纏い』の課題がある為、部分的にすら装殻を纏えないコウには受ける事自体が出来なかったからだ。

 それでもコウは満足し、同時に感謝していた。

 家族の尽力によって、自分で生きる道を得ることが出来たからだ。

「それでも、用もないのに行けないよ」

「まだそんな事言ってるの?」

 アヤがますまし頬を膨らませる。

 家を出る、と言ったコウの選択を、両親やシュリは引き止めながらも受け入れてくれたのに対し、アヤは泣き喚いて大変だった。

『家族になったって思ってるのに! お兄ちゃんは違うの!? 何で遠慮するのよ!』

 幼い故に率直な物言いに、コウは何度胸を突き刺された事か。

 負い目があるのは事実だった。

 だが大切だからこそ、いつまでも迷惑を掛ける訳にはいかなかった。

 それに甘えてしまえば、コウはいつまで経っても一人前になれない……育てた相手が立派になったと、コウは義理の両親に安心して欲しいのだ。

 なので、いくら育った家でも、北野の家はコウにとって敷居が高い。

 あまりにも良くされ過ぎて、身の置き所に困るからだ。

 今は、正月と盆、何かの折に、不義理にならないように顔を見せる程度に留めている。 

 近くに住んでるのも、何かあった時に駆けつけられるように、という理由だった。

「お兄ちゃん、もう仕事ないんでしょ? 今からご飯食べに行こうよ」

 拗ねるのをやめたアヤがそう提案してくる。

「仕事はあるよ。急ぎじゃないだけで」

「同じ事だと思う」

「全然違うだろ」

 仕事がなかったら暇なのは一緒でも稼ぎは0だ。

「いーじゃない、お昼くらい!」

「遅くなったら、義母かあさん達心配するだろ」

「ちゃんと連絡入れるから! お兄ちゃんと一緒なら大丈夫だもん」

「おい」

 既に両親に連絡し始めているアヤに、コウは溜息を吐いた。

 放っておいてくれればいいのに、義理の家族は揃ってコウに構いたがる。

 だが、それが嬉しい自分もいて、コウは複雑な気分だった。

 

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