第10話 黒の一號・剣撃形態。
「ギ、ヒ……ィ」
「まだ生きてるのか、頑丈だな」
黒の一號は、装殻を半壊させながらもまだ立ち上がろうともがいているドラクルに対してゆっくりと歩み寄った。
腰から拳銃を引き抜く。
「諦めろ。お前では勝てん」
「まダ、ダッ、貴様など、に、この私が負ける、筈がッ!」
狂信者なのだろう。
あるいは、Egの魅力に取り憑かれて正常な判断が出来なくなっているのかも知れない。
しかし、黒の一號にはそもそも見逃す気がなかった。
逃げれば後ろから撃つだけで、結果は変わらない。
諦めない根性だけは評価に値するが、それだけだ。
Egに関わり、それを広める手助けをしていた男に、慈悲を掛ける余地はなかった。
「邪悪は滅ぼす……」
黒の一號がつぶやきと共の拳銃を構える。
だが、その引き金を引く前に異変が起こった。
最初に、黒の一號が折ったドラクルの腕が、異様な音を立てて痙攣を始める。
「ギヒィィ!?」
その痙攣は、瞬く間にドラクルの全身に広がっていった。
黒の一號は舌打ちして、即座に引き金を引く。
当たった弾は、ドラクルの装殻に食い込んだ瞬間、呑まれるように取り込まれた。
「が、ギュ、なんダこれハッ! あ、あづいッ……熱いぃいいいいいいッ!」
ドラクルの全身が不気味に膨れ上がったり陥没したりしながらデタラメに脈打ち始め、壊れた装殻が瞬時に再生した後、さらに肥大化した。
ドラクルがより蝙蝠に近いフォルムになり、体躯が一回り大きくなる。
「グギィイイイイ……やメェ―――ッ!」
彼の頭部が歪に捻れたかと思うと悲鳴が途切れ、その後に頭部が半分に割れて小さな双頭と化した。
その姿は最早、人ではない。
黒の一號は『それ』が何なのか知っていた。
かつて潰したラボが、黒の一號を再現する研究の過程で作り出した歪な
人に戻る術も人としての意識も持たない、殺意と本能に支配された醜悪で哀れな存在。
自我なき怪物―――
「ギュキィィィィッ!」
出力解放の影響で、一時的に黒の一號は機能を低下していた。
その叫びと共に放たれた超音波に再び平衡感覚を乱され、地面に膝をつく。
「グッ……」
変異を終えた
「待て……」
黒の一號が声を上げるが、ドラクル・パラベラムは止まらない。
今以上の制限を解除する訳にはいかない。
そこまで出力を上げてしまえば、街の装殻エネルギー探知網に引っ掛かり、黒の一號の所在が発覚する。
目的も達成していない今の段階では、それは出来なかった。
平衡感覚を戻す為に、黒の一號は空間機動性を犠牲に身体機能の強化を行う事を選択した。
「
『
補助頭脳が応え、黒の一號の外殻が
手の中の拳銃が形を変えて、剣の柄へと変じた。
同時に腰のナイフも変異し、柄のないバスタード・ソード程度の刀身と化す。
背部と体の各部にあるスラスターが数を減らし、代わりに左の半身が鎧われた。
右半身は肘から先のみ、外殻がより強固なものへと変じる。
黒の一號は、最後に手に握った柄を腰の刀身に接続して
黒の一號は体の不調から回復して、ドラクルが消えた先へと目を向ける。。
「逃がしはしない」
直線に対する機動力のみを残したスラスターを駆使して、黒の一號はドラクル・パラベラムを追い始めた。
※※
「おいしかったねぇ」
「人の金であれだけ食って不味かったとか言われたら、流石に怒るよ」
「えへへ。いっぱい食べるのは育ち盛りだから!」
なきに等しい胸を張ってツインテールを揺らす小柄なアヤに、どこが育ってるんだと言いたくなるが、残念ながらそんな度胸はコウにはなかった。
「ねぇお兄ちゃん、今度私の装殻調整してよ」
「また? やったばっかりだろ」
「そうなんだけどさ、こないだ急ぎでハラさんに調整変えて貰ったら、腕の反応がイマイチしっくり来なくて」
「……それ、ハラさんに言うなよ」
暗にコウの方が良いと言っているようなものだ。
またコウが小言を食らう羽目になる。
「言わないよ! でも、前まではそんな事なかったんだけどね」
「アヤの反応速度が上がってるからな。だからここ最近、細かく調整変更してたし」
成長期には良くある事だが、アヤは適合率からの試算よりも実際の発揮性能が低かった。
問題は『慣れ』だ。
ゲームのコントローラーでも仕事の道具でも、慣れれば使用速度は上がる。
急ぎだったらしいから、ハラさんはきっと現在のアヤのデータを取らずに、古いアヤのデータを使って調整したのだろう。
「ね、いいでしょ? お金ちゃんと払うからさ!」
「別にいらないよ。ただ、来るんならちゃんと義母さん達に……」
言いかけた所で、コウは自分の背筋がざわりと怖気立つのを感じた。
「……何だ?」
「お兄ちゃん?」
今、コウ達が居るのは北野の家に向かう公園の中の散歩道だ。
突然雑木林の方に目を向けたコウに、アヤが戸惑ったように声を上げる。
「……アヤ。何か感じないか?」
「え? 別に何も……あ」
アヤが唐突にバランスを崩して倒れそうになるのを、コウはとっさに支える。
大丈夫か、とコウが言いかけた所で、何かが上空を横切ったように影が走った。
見上げると夕日の逆光の中から、大きな何かがこちらに向かってきていた。
「アヤ!」
「きゃっ!」
コウは危機感を覚え、覆い被さるように一緒に地面に倒れこむ。
その背中の上を、何かが過った。
「お、お兄ちゃん?」
照れたように言うアヤは、こちらを顔を見てその表情を不安げなものに変える。
「どうしたの?」
「……アヤ。逃げるぞ」
コウの目の前には、見たことのない装殻者が着地していた。
巨大過ぎる体躯に、明らかに人の頭が収まりそうにない頭部が二つある、異様な装殻者。
コウは、言い知れぬ危機感を覚えていた。
アヤもそれに気付き、目を見開く。
「な、何あれ」
「いいから立て!」
「!」
コウに引き起こされて足をもつれさすアヤだが、彼女はまだ不気味な装殻者を見ていた。
そして返事の代わりに、腕のブレスレット型装殻具に触れて可愛らしい声で叫ぶ。
「Veild up!」
何を、とコウが言う前に、装殻展開時の衝撃でコウの体が弾き飛ばされた。
受け身を取って転がると、衝撃音と共にアヤの悲鳴が聞こえる。
「アヤ!」
顔を上げると、彼女はまた倒れていた。
その重要器官のみを装殻の胸元に傷を見つけて、コウは顔を青ざめさせる。
謎の装殻者は、再び宙に舞い上がっていた。
彼女は、再度襲って来た装殻者を見てとっさにコウを庇ったのだ。
「アヤぁ!」
「だ、大丈夫……」
彼女は生きていた。
動きは弱々しいが、どうにか体を起こそうとしている。
アヤは戦闘型装殻者ではない。
頭部の口許から喉、両手足の一部は生身だ。
その彼女目掛けて、謎の装殻者が再び襲いかかる。
「やめろおおおおッ!」
コウは叫びながら、アヤを庇うために飛び出した。
※※※
黒の一號は、雑木林の中から様子を伺った。
誰かが襲われている。
二人共に倒れ込んでいて誰かは分からないが、姿を見られるのは望ましくない。
わざと目立ち、Ex.gを卸している『サイクロン』に接触した時とは状況が違う。
通報や監視カメラの映像から、確実にフラスコルシティの上層部に見つかるだろう。
そうすれば、黒の一號は今後、さらに動きを制限されてしまう。
それは避けるべき事態だ。
しかし、襲われている者を見捨てる選択肢は彼の中には、ない。
「状況感知。監視装置を」
『
補助頭脳が周囲をスキャンし、黒の一號が映りそうな二機のカメラを示した。
その内に襲われている人物の片方が装殻を纏い、再びドラクル・パラベラムの攻撃を受けて倒れる。
迷っている暇はなかった。
一撃で、決める。
黒の一號は追加された左肩の
ナイフの投擲と同時に、ナイフに備えられたスラスターが起動し、狙い違わず監視カメラを撃ち抜く。
黒の一號はドラクル・パラベラムとの交差点に目を向け、右肩に担ぐように斬殻剣を構えて宣言した。
「
『
コアから出力されたエネルギーが、両腕と左足、背部のスラスター、そして刀身に限定供給される。
散歩道に敷かれた石畳が、黒の一號の跳躍と共に爆音を立てて砕け散った。
その石畳を踏み抜いた左の後脚を残して、黒の一號は半身のまま地面スレスレを滑るように跳ぶ。
知覚加速を行なっていない為、
スラスターの推進力で、彼はさらに加速する。
斬殻剣の柄を両手で握り締めた黒の一號は体を捻り、眼前に迫ったドラクル・パラベラムに左肩から衝突した。
生身の人物が倒れた装殻者に覆い被さったのが、黒の一號の視界の端に映る。
黒の一號はすぐに弾き飛ばしたドラクル・パラベラムに意識を戻し、大上段に斬殻剣を構えて宣言した。
「ーーー《
黒の一號が振るった斬殻剣は、ドラクル・パラベラムを縦に両断した。
そのまま斬り抜けた黒の一號は、剣を振り下ろした姿勢で残心する。
「グ、ギィ……?」
不思議そうな声を上げるドラクル・パラベラムが。
キィン、と遅れて響く両断音と共に、彼の肉体が双頭の間で割れて左右に裂ける。
「「ギ、ィィイ!?」」
『
補助頭脳の、無慈悲な宣告と共に。
崩壊を引き起こすエネルギーが体内で炸裂したドラクル・パラベラムは、そのまま割れた部分から光化して爆散した。
ドラクルの欠片が降り注ぎ、地面に接触する側から溶け出して、地面に無数の粘液溜まりが残る。
寄生殻の末路だ。
黒の一號は残心を終えて斬殻剣を右に払った。
「解殻」
『
人の姿に戻ったハジメは振り向いて、襲われていた二人に向かって歩き出した。
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