第8話 刺客に襲われる、黒の一號。
「……出て来たらどうだ?」
ハジメが声を掛けると、ゆらりと姿を現したのは見知った顔だった。
廃ビルで出会った、陰気な司祭服の男だ。
ハジメが彼との対峙場所に選んだのは、フラスコル・シティの西区画にある広い緑地公園だった。
泊まったホテルを出た直後から、殺気を含む尾行の気配は感じていた。
軽く撒こうと動いてみたが、撒きかけてもいつの間にか近くに戻っている気配に多少は腕のある相手だと理解したハジメは、人気のない場所を探したのだ。
緑地公園にはこの時期まだ使用されていない公共プールが備えられており、彼らがいるのはプールの裏手にある、何もない緑地だった。
日が傾きかけた平日。
学校帰りには少し早い時間である事も手伝い、公園内そのものの人通りもまばらだ。
ハジメが無言で現れた彼を見やると、陰気な司祭服の男は小馬鹿にしたような表情で胸元に手を当てる。
己の優位を疑っていない……と言えば聞こえは良いが、慢心が見える態度だった。
「私はドラクル。死の使者だ。ミスター・サイクロンのご命令により、貴様を処刑する」
「昨日は逃がしておきながら、解せないな」
疑問に思ったように言いながらも、ハジメは相手に話し合う気などない事は分かっていた。
右手の指を立てて構えるハジメに対し、ドラクルは袖口から無針注射器を取り出して手に持って表情を醜悪に歪める。
「貴様如きが我が主の深遠なる御心に疑問を挟むなど……やはり許し難い!」
彼は取り出した無針注射器を掌に押し当てて、中の液体を自身に注入した。
「Egか」
「ただのEgではない。ミスター・サイクロンより賜った特別性だ!」
微かに眉根を寄せるハジメに、恍惚とした顔でドラクルが答え、腕輪型の装殻具に触れながら呟く。
「Veild up……」
ハジメも即座に右手で逆十字を切り、声を上げた。
「―――纏身」
外殻を纏って黒の一號と化したハジメは、改めて相手を観察した。
ドラクルは両腕が長く伸び、鋭く長大な翼骨に似た突起が左右共に三本突き出ている。
ドラクルの装殻形態は、蝙蝠に似ていた。
「
「ぎひひ。その通り! 装殻により制空権を得る我が攻撃に、ついて来れるかな!?」
ドラクルは挑発しながら空に飛び立った。
飛行型装殻は、米国の独占技術によって作られた装殻である。
日本で飛行能力を持つ装殻は、他に司法局で正式採用された『
対してドラクールは常時低空を飛行する能力を持つ装殻だ。
飛行型と言えばドラクール、という唯一無二の価値を持つ装殻である。
「厄介ではある。……だが」
対処の方法がない訳ではない、と黒の一號は自身の装殻に命じた。
「―――第一制限解除」
『
補助頭脳が応えると同時に、黒の一號の全身に新たな変化が起こった。
全身の外殻が僅かに浮くように展開して、赤い出力供給線が露出する。
次に腰部に新たな追加武装が形成され、最後に胸郭外殻が肩口に少し迫り上がると新たなスラスターが露出した。
『
制限解除の完了を補助頭脳が告げると、黒の一號は腰部に出現した二種の兵装の一つ、拳銃型の兵装であるベイルドガンを引き抜いた。
そのままフルオートで引き金を絞り、飛び回るドラクルに向けて弾丸をばらまく。
殻弾は幾つかドラクルに当たったが、外殻を撃ち抜くほどの損傷は与えられなかった。
「ヒヒヒッ! 無駄だよ! 適合率の向上で強化された装殻に対して豆鉄砲ではなぁ!」
本来の蝙蝠型の外殻は然程の強度がない筈だが、Egによる強化でドラクルの外殻はそれなりの硬度があるらしい。
ドラクルが滑空しながら鋭い足先を向けて迫り、黒の一號は横に転がってその蹴爪を回避する。
「どうした? 無様だなァ!」
ドラクルが再び弾丸も届かない高度へ上昇し、再び急降下の勢いを自身の攻撃に乗せて黒の一號へと迫る。
襲い来る敵に対して、黒の一號は殻弾の弾幕を牽制に立ち上がろうとしたが、不意に視界が揺れてバランスを崩した。
「……!?」
その間に迫るドラクルの攻撃を、なんとか体をよじって躱したが、肩を蹴爪が掠めて外殻の表面を削る。
『
「なるほど……超音波か」
補助頭脳の警告で、黒の一號は感覚が乱れる原因となった事象を察した。
人の耳には聞こえない音の攻撃で、三半規管をやられたのだ。
「ヒャハァっ! その通り! だが気付いたところでどうする事も出来まい!?」
「先程からよく喋るが……余裕を見せるには、芸が足りないな」
黒の一號は膝立ちのまま、飛び回るドラクルへ拳銃を構えて補助頭脳に命じた。
「
『
頭部に伸びる出力供給線が、黒の一號の要請に合わせて光度を増す。
頭部機構へのエネルギーの供給によって三半規管が機能強化されて超音波の影響下から脱した黒の一號は、同時に強化された視覚によって、先程殻弾が命中したドラクルの外殻が僅かに削れているのを鮮明に見て取る。
再び、ドラクルが狙いを定めてダイヴに入った瞬間に、黒の一號は拳銃をセミオートで三連射した。
狙いは、ドラクルの外殻が削れた部分。
キキキン! という軽い衝突音の後に、鈍く鋼鉄が肉を貫く音が響くのを、黒の一號は強化聴覚で捉えた。
三発の銃弾は狙い通りの軌道でただ一点を貫いて、ドラクルの外殻を破ると中の人体に損傷を与えたのだ。
「ぐッ!? な、にぃ!?」
与えられた痛みと衝撃に驚愕しながらドラクルは姿勢を崩し、切り揉み状態で落下し始める。
それを見据えながら拳銃を腰に戻した黒の一號は、両拳を腰だめに構えた。
「
『
黒の一號の全身に走る出力供給線が、頭部だけでなく全体的に赤い輝きを増した。
先程制限解除されたコアが、全身にクモに放った以上のエネルギーを供給する。
「―――《
『
黒の一號は、限界機動と呼ばれる、身体機能の超加速・感覚器官の超知覚を同時に行う状態に移行した。
黒の一號の主観の中で、周囲の景色がまるで時の流れが遅くなったかのように、ゆらりと動きを緩やかなものに変化させる。
黒の一號は補助頭脳のアシストを受けながら、眼前に迫ったドラクルの両頬に拳による連撃を叩き込んだ。
直後にドラクルの両腕を手に握り、一息に捻り折る。
一気に襲いかかる複数の苦痛に、悲鳴を上げようとドラクルが息を吸い込み始める音を聞きながら。
その胸の中心を掌底で上空に突き上げて、黒の一號はドラクルに背を向けた。
「―――これで終わりだ」
後ろ向きの姿勢から一転。
超高速連撃により宙に舞い上がりかけたドラクルの体の中心に、黒の一號は全身で螺旋を描きながら、左後ろ廻し蹴りと右廻し蹴りを連続で叩き込む。
『
補助頭脳の宣言と共に黒の一號の超加速・超知覚状態が解除され。
ドラクルが、地面に破片を撒き散らしながら転げ飛んだ。
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