第2話 フラスコル・シティが震撼する。

 

 黒の一號を取り逃がして現場へ戻ったアイリは、爆破されたビルの中を見回した。

 逐一更新される捜査情報で、ビル内で一人殺されているのは確認している。

 誰かに話を聞こうと見回したビルの中はどうやらテナントスペースのようで、一階層ぶち抜きになっていた。

「あー、こちら一般02より本部へ。どうぞ」

 声のした方に目を向けると、捜査員ネットワークとリンクした装殻による、視界内のAR表示の赤い人型が映った。

 ビルの中央辺りだ。

 遺体は既に病院に搬送されているようで、赤い人型はマネキンのようなシルエットだった。

『本部01より一般02へ。どうぞ』

 そのマネキンの前で、通信している人物が声の主だった。

 五十代くらいで半袖のワイシャツによれたスラックスを身に付け、白髪混じりの頭をした老齢に差し掛かった捜査員だ。

「殺された少女の装殻登録番号を送信。照合をお願いします。どうぞ」

 殺されたのは若い女性らしい。

 通信が終わるまで待つ間、アイリは建物の中を観察した。

 マネキンは腹の上で指を組んだ死者の装いをしていた。

 誰かが意図的にそういう姿勢を取らせたのだと伺える。

 またテナントは借り手がいなかったのか、中は物置になっていて資材や木箱が乱雑に積み上げられている。

 それらの一部はへしゃげたように壊れ、中身を床にぶちまけていた。

 壁には大きく穴が開いていて、最初の爆破による通報はこの穴が開いた時のものだろう。

 その内に、待っている捜査員に本部から返事が返ってきた。

『照合完了。装殻所持者は北野シュリ、19歳。装殻タイプはジャッカルF型。住所や顔写真等、詳細情報を捜査情報として共有しますか? どうぞ』

「お願いします。どうぞ」

 通信を終えた捜査員に、アイリは声をかけた。

「おやっさん」

「おお、ボンか。取り逃がしたらしいなぁ」

 顔をこちらに向け、表情をくしゃりと歪めて言うおやっさんに、アイリは苦笑した。

 おやっさんは彼女に捜査のイロハを教えてくれたベテランであり、その分、遠慮がない。

「やっちゃった」

 気まずさを隠す為に軽く答えると、後ろから鋭い声が聞こえてきた。

「失態を笑って誤魔化すな」

「げ、室長!?」

 聞き覚えのある声に慌てて振り向くと、そこにアイリの所属する司法局捜査第三室の室長である花立トウガが立っていた。

 銀縁眼鏡をかけた、怜悧な印象の男だ。

 黒髪を常にオールバックにしており、一年中かっちりとスーツを着ている。

 制服やスーツを煩わしく思い、室員に着用義務がないのをいい事にシャツにジーパン、司法局のジャケットという格好で普段を過ごすアイリとは対照的だった。

「怪我は?」

 いつも通りの無表情で言われ、アイリは笑みを浮かべる。

「脇腹が少し痛むけど、平気」

「後で検査を受けろ」

「……それだけ?」

「他に何かあるのか?」

 心配してくれて少し嬉しかったのに、とアイリが頬を膨らませると、おやっさんが笑いながらアイリの頭に手を乗せた。

「花立くんが現場にいるのは珍しいなぁ」

「少し用事で出てまして、たまたま近くにいたので。ご無沙汰してます、鯉幟こいのぼりさん」

 おやっさんの本名は鯉幟カツヤという。

 慇懃無礼な室長が心から敬意を払っているのを見れるのは、おやっさんがいる時だけだ。

「事件の方はどうです? 何か重要な事は分かりましたか?」

「今司法解剖の最中だが、最初の検死にゃ俺も立ち会った。外傷は、胸部と背中の打撲痕。他に怪我はねぇ。打撃痕はそれぞれ別に付けられてる。背中の方がデカい跡だが、これは先に付けられたから内出血が激しいのと、こっちの打撃の方が威力があったからだな」

 ARでそれぞれの写真が表示された。

 おやっさんの言う通り、背中の方が大きな痕だ。

「死因は多分、胸部の打撃痕の方だ。死後に付けられたもんじゃない。心臓を一撃で破壊してる」

「破壊ですか? 停止ではなく?」

「ああ。苦しむ暇もなかっただろうよ―――間違いなく、装殻者の仕業だな。それも戦闘型。軍事仕様の可能性もある」

 おやっさんは渋い顔をしながら、指で額を掻いた。

「どうなんだ?」

「それが……」 

 花立の問いかけにアイリが答えようとした時、彼に通信が入った。

 手でアイリを制した花立は、相手の名前を見て微かに眉をしかめる。

「誰?」

「副司法局長だ」

「うわぁ……」

 アイリは呻いた。

 あの狐目のガリガリは、嫌みで短気な事で有名なのだ。

「はい」

 案の定、花立がアイリ達と通話回線をリンクして出た瞬間に副司法局長の怒鳴り声が響いた。

『花立室長! 一体、現場の情報管理はどうなっている!』

 思わず耳を押さえたアイリは、口元をへの字に歪める。

「一体、何の話でしょう?」

 訝し気な花立に対して、副局長はさらに怒鳴り声を上げた。

『何の話だと!? 爆破事件と殺人事件の詳報もこちらに上がっていないのに、何故、放映局が容疑者の映像をスクープしている!?』

「は?」

 副司法局長の言葉に、アイリは顔を強ばらせた。

 事件の容疑者に関する情報―――それは、アイリしか知らない筈の情報だ。

 まだ、花立に伝えてすらいない、容疑者の正体。

『どこでも良い、放映局のニュースを見ろ! この件は、即座に対応しなければシティ全域に混乱が及ぶぞ!』

 副局長は、切羽詰まった口調で花立に告げた。


『そこで起こった少女殺害事件の犯人は―――黒の一號だ!』


 彼の叫びの意味を理解した花立とおやっさんは。

 全く同時に、アイリの顔を凝視する。


 アイリは二人の視線での問いかけに、うなずくしかなかった。

  

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