【黒の装殻】シェルベイル〜世界を救った英雄は、何故少女を殺したのか〜
メアリー=ドゥ
第1話 黒の一號との邂逅。
「こちらはフラスコル・シティ司法局捜査課。ビル爆破の容疑で同行を求める」
アイリの呼びかけに、黒い人影は黙ったまま彼女の方を見返した。
フラスコル・シティは、日本海沿岸に位置する人工半島の名称だ。
彼女たちはそれぞれに、ビルの屋上を足場にして立っていた。
相手の方が、少し目線が低い。
上空の冷たい風が周囲を吹き抜けている上にお互いの距離が少し離れているが、声自体は届いているだろう。
晴れた夜空には大きく月が出ており、眼下の照明が届かなくともお互いの姿はよく見える。
「従うつもりがあるなら、登録番号を。抵抗するなら容赦はしない」
彼らは、装殻と呼ばれる外殻を身に纏っていた。
アイリの外装は、視覚スリットの入ったフルフェイスに背部に長いスラスターを背負った、鎧を纏う天使のような外観の白い装殻。
対する相手の外観は赤い双眼に艶消黒色の外殻を持ち、初期型に酷似したレトロな印象のものだ。
両手足に、スラスター内蔵型の追加武装を付けているが、特に変わった印象はない。
彼らのように全身を覆う高機動・重装甲型の装殻を身に纏う者は、一般的にこう呼ばれる。
戦闘型装殻者、と。
相手の返答を待ちながらも、アイリは、黒い装殻者は従わないだろう、と思った。
緊急警報で招集された筈の司法局員は、もうアイリの他の誰もいない。
目の前の装殻者によって倒されたのだ。
黒い装殻者は、無言のままわずかに両手足を曲げた。
その動きは、臨戦態勢。
彼は一言も発さずとも、従う気は無い、と雄弁に語っていた。
「
これ以上の問答は無用、とアイリは自身の両腕と接続された一対の刃を、しゃらん、と擦り合わせてから駆動する。
『
アイリの補助頭脳が応え、スタッグバイトと呼ばれる追加武装が、虫の羽音のような耳障りな音を立てて超振動を始めた。
「―――
『
同じように、黒い装殻者も右の拳にエネルギーを送り込んで灼熱させる。
二人は、同時に屋上を蹴った。
全身のスラスターが強烈に体を押し出すままに、完全な直線機動でアイリの体が宙を舞う。
黒い装殻者も、まっすぐにこちらへ向けて突っ込んできた。
「《
アイリは左右の刃を、左右から喰らいつくように振るう。
「―――《
黒い装殻者は拳を腰だめに構えた姿勢で、その刃の交差点へ向けて突き進んできたが……命中する直前に空中でさらに急加速した。
「……ッ!」
刃を躱されたアイリの無防備な脇腹に、相手の灼熱した拳が叩き込まれた。
そのまま上空に突き上げられたアイリは。
「ぐ、ぅぅうッ!」
なんとかスラスターと両手足で姿勢を立て直すと、ビルの屋上になんとか着地して墜落を免れる。
先程とはお互いの足場を逆にして。
黒い装殻者は、こちらの背を向けたまま首だけを曲げてアイリを見た。
月を背負ったシルエットから放たれる、迫力に。
アイリは、先程から頭の片隅に感じていたが、考えないようにしていた事を考えざるを得なかった。
初期型の外見をしながら。
出力解放を使用出来る程に強力なコアを持ち。
装殻技術に、誰よりも熟達した存在。
「あなたは……まさか」
この世界には居るのだ。
そういう存在が。
最初の装殻者であり、未だ最強と呼ばれる装殻者が。
「―――我は【
アイリの疑念を肯定するように、相手が初めて口を開いた。
「従うものは、己の心」
声を荒げもせず、静かに語られる言葉を、装殻によって強化されたアイリの聴覚は確実に捉える。
「律に背き、権を拒み、力を以て望みを通す」
黒い装殻者は、右手で小さく
「我は、正義を騙る修羅。―――名を、黒の一號」
※※※
この日の出来事は、『黒の一號殺人事件』として語られる、一連の事件の幕開け。
救国の英雄と呼ばれ。
後に史上最悪と呼ばれたテロ集団の総帥、黒の一號が。
フラスコル・シティに潜入後、初めて公に存在を確認された瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます