けしずみ日記


ライブの日だった。お昼過ぎに家を出て、電車に揺られ、銀座に行った。お腹が空いていて、洋麺屋五右衛門で、ペペロンチーノとデザートを心ゆくまで食べる。にんにくの匂いが染みついた体で、展覧会にいく。思いのほかゆっくりしすぎてしまって、慌てて電車にのる。


ライブ会場である国立競技場に着くも、妙にしずか。人はたくさんいるけど、ライブにくる人たちの服装ではない。おかしいなーと思いスマホで確かめると、会場は「代々木国立競技場」だと書かれてあった。内心悲鳴をあげながら、タクシーを捕まえようと歩道におりる。回送中のタクシーにダメ元でコンタクトをとってみる。運転手は、運転席のシートを倒して寝転がり、スマホをいじっていて明らかに休憩中であった。ドアが開いた。


「混んでるけど、六時までには着きますよ」と運転手はいった。運転手は、二年前に大分から東京にきたらしい。東京は物価が高い、電車混んでる、だから私はいつも自転車移動なんだ、などと東京の文句を垂れていて、面白かった。めっちゃ喋る人やな、とおもった。喋りながら、ぶうんと車をとばしている。思わず口を閉ざして神経を集中させてしまう。人撥ねるんちゃうか、他の車に当たるちゃんうか、とヒヤヒヤしたけど、おっちゃん曰く、東京は人が多く、横断歩道や信号がなくても、あらゆる影から人が飛び出してくるから、急がないといけないのだと言った。よけいに危ないんじゃ? とわたしはおもった。

「代々木国立競技場でやるなんて、有名な人たちなんですねえ」と言ってもらえて、とても嬉しかった。でも残念ながら、そこまで有名ではないだろう、とも思った。

そんなふうに楽しくおしゃべりをしていると、代々木国立競技場が見えてきた。「ほら!人がいますよ!」と、なぜかテンションのあがったおっちゃんが教えてくれる。わたしはほっと安堵した。お陰で間に合ったので、お礼を言って代金を支払い、車からおりる。黄昏の中のライブ会場と人だかりがとても穏やかで、ライブ前のこの雰囲気好きだなあ、と思った。


混み合っていて会場内に入るのに苦労する。チケットに記載された席の番号と会場の案内標識を見比べながら進む。時間をかけてたどり着いた割に、わたしは席を間違えてしまったようだった。隣にいたピエラーさんに「あの……席ちがうところじゃないですか?」と指摘されたのだ。チケットを出して、見比べる。たしかにわたしのミスだった。謝罪しその場を去る。優しい人たちでよかった。しかし、わたしはほんとに頭の受診をしたほうがいいかもしれない、と思いながら自分の席を探した。


先行はPIERROTだった。ライブを楽しむため、相手方の曲の予習をしておこう、と思っていたけれど、ずぼらなので結局しなかった。曲にあわせて皆んなが踊っている。ここにいるのは皆ピエラーなのだろうか? 体感としては、わたし以外の人間みんなが踊っているように感じられた。

わたしの隣にいるひとが、恥じらいながら踊っていて、そのわりにめちゃめちゃ体をぶつけてくるので、体ぶつけてくるならもっと恥を捨てるべきだ、とおもった。

ボーカルはキリトという名前らしい。とても真摯に歌っている印象をうけた。人の真剣な姿はいつだって美しいとおもう。ようやく会場に火がつきはじめたところで、最後の曲を迎える。PIERROT、最高やったよ!


PIERROTたちがはけて、会場が明るくなる。今のうちにお手洗いに行こうと思って、早足でトイレに向かうけれど、長蛇の列で諦める。自動販売機にも列が。これは終わりまで我慢するしかない、と腹をくくり席にもどる。席に座り、ぼうっとする。時間がすぎてゆく。いったいいつ始まるんやろ、とやきもきしはじめる。二、三十分は経っている。終電に間に合うか。以前に、ちがうバンドで終電を逃し、タクシーで帰ったことがあった。

お手洗いに行けていないのも気がかりだった。これじゃあジャンプもできないぞ?


暗転し、DIR EN GREYの番になった。メンバーが現れ、お手洗いのことはきれいに頭から消え去り、一曲目が始まると喜びのあまりおもいっきり飛び跳ねていた。「13」だった。これ以降、わたしは動物になった。

二曲目、「人間を被る」だった。好きな曲が始まると「っしゃァ!」と叫んでいた。わたしは人間を被るどころか、脱ぎ捨てていた。この曲はファンが歌うことも多いので、てっきり歌えるかと楽しみにしていたのだが、京が全部歌ってしまった。対バンだということもあってか、全体的によそゆきモードかな、という気がした。

「Ranunculus」で、かりに今ここで全ての記憶を失ったとしても、わたしはふたたび同じバンドを好きになるだろう、と思った。ちょうど、ライブの直前に悲しい知らせがあり、なおさらのこと沁みた。みずから命をたつ人の、孤独に思いを馳せる。頼れるひとはいなかったのだろうか。心のよりどころはなかったのだろうか。

生きていかねばならないとおもう、何人たりとも。


以外だったのは「鬼眼」が楽しかったこと。この曲、好きだと思ったことなど一度もなかったけれど、ライブ映えするんだなあ。

「カムイ」は別格だった。『ファラリス』からの曲が多めでほんとに嬉しかった。ネットでの評判はいまいちだけど、わたしは『ファラリス』ってこれまでで一番のアルバムだとおもう。

「鱗」のイントロってなんでこうもテンションがあがるのだろう。そして「詩踏み」がきた瞬間またもや「っしゃァ!」と叫んでいた。最初、リリースされたときはなんとも思ってなかった詩踏みが、こんなにいい曲に仕上がっていくとは思ってもみなかった。


本編おわり、アンコールタイム。アンコールあるの! あった。「朔」がきて最高だった。しかしもう……首がうごかない…。最後「激闇」だった。これも「っしゃァ!」とガッツポーズしていた。うれしかった。この曲が終わると京がはけていった。ベースのトシヤが最後まで残っていた。客たちが口々にメンバーの名前を叫ぶ。わたしは薫の名前を叫んでおいた。リーダー! ありがとうね! 


さて、無情にもライブがおわり、わたしは消し炭と化した。体のあちこちの感覚がなく、歩くとふらふらした。

さて、興奮状態が去ると(お手洗い……飲み物……)という二つの単語があたまを占拠するようになった。会場から出てきた客で、歩道橋はパンパン。ちびちび進む。梨泰院を思い出したり、お手洗いも飲み物も無理だな、と諦めたりなどしていた。

駅に到着し、間一髪で電車に乗り込む。


いいライブだった。文句のつけどころがないライブだった。あれを見て感動しない人っているんだろうか。わたし的には、石油王も見れば感激するはずだと思うのだが。なにより、数年ぶりのライブで本当に楽しかった。


わたしは改めて、DIRのファンたちが好きだなあと思った。異様というか、皆んな、同じ動きをしているのが不思議というか、面白いなあと思い、嬉しくも思う。

好きな対象があり、またそれを好きな人たちがいる。それはとても幸せなことだと思った。


ただ、わたしの後ろでDIRの文句を言ってる男二人組がいた。めんどくさいやつだ、と思った。一生懸命やってる人間に対して平気でケチをつけるその根性が恥に値する。

さいご愚痴になってしまったが、とても豊かなひと時だった。


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