第49話 急げ
古ぼけたウサギの人形を蕨が差し出す。
「この中に、お母さんが桃の種を入れたの。蕨が元気に育つお守りだって」
「確かに、桃は魔除けの霊力があるからお守りにするのはわかるけれど」
子喬がウサギを受け取って匂いをかぐ。
ほのかに中から香るのは、桃の霊力。
「蓮華様、古い桃の種でも発芽するのでしょうか?」
「やり方を間違えなければ大丈夫です。記録には、千年前の種でも発芽しているわ。この蓮華がいれば、発芽しない訳がないわ」
子喬から受け取ったウサギの人形を撫でる蓮華の手つきは優しい。
「でも、いいの? 蕨。ウサギから桃の種を取り出しても」
桃の種を取り出すのは、このウサギの人形を壊すことに繋がる。
肌身離さず持っていた母の形見のウサギの人形。
それを壊すことは、蕨にとっては、辛いことに違いない。取り出せば、蓮華にも子喬にも長牙にも、もちろん蕨にも、直す技はない。
蕨は、蓮華の言葉に、こくんと蕨がうなずく。
「だって、みんな困っているのでしょう?」
そう言って蕨がニコリと笑う。
連日の蚩尤の襲撃、早春の門を守る祖母を炎花。全てにケリをつけるために蚩尤の国にまで行った桃華。
幼い蕨も、この状況に思う所はあったのだろう。
「蕨!! なんて良い子なの~!!!」
長牙の後を追って飛んできた青鳥が、蕨に抱きつく。
「心配には及ばないわ!! 私が、この私が、桃の種を取り出した後のウサギちゃんを、かんッぺきに修復してあげるから!!」
ほっぺにスリスリされて、蕨がオロオロしている。
「時間はありません。早く!! 青鳥!! そうと決まれば、さっさと桃の種を取り出して!! 蓮華様と子喬を連れて、崑崙山へと飛びます!!」
「え、何々? 何の話も見えてこないのだけれど?」
話が見えない青鳥がきょときょとと周囲を見回した。
◇◇◇◇
青鳥に蕨とウサギを任せて、長牙は子喬と蓮華を乗せて崑崙山へ飛ぶ。
眼下に早春の門が見えた時には、そこで戦う仙女の姿に、加勢したい思い湧いたが、グッと堪えて前方へ意識を向ける。
水月様が本当に亡くなれば、元も子のないんだ。
ここは、なんとしても間に合わせないと。
「長牙!! 見えてきましたよ!!」
蓮華の言葉に、長牙は高い山を睨む。
『崑崙山』
天帝の本拠地。
そこに天帝があり、本来は蚩尤と天帝が手組むなんて、あってはならないこと。
陰と陽で成り立つ世界の均衡は崩れ、仙界は終わる。
なんとしても、私がここで間に合わせなければ!!!
桃華様のためにも、桃源郷のためにも! 仙界全体のためにも!!
「な、長牙!!! 速い! 速すぎる!!」
「時間がないんです! 我慢して下さい!」
一晩で千里を走る白虎の本気の走りに振り落とされそうな蓮華と子喬の悲鳴は、崑崙山に鳴り響いていた。
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