第48話 桃の種

 桃源郷。

 長牙は子喬を連れて懐かしい館に降り立つ。


 あの人は、ここにいるはずなんだ。

 キョロキョロと探せば、青鳥が飛んでくる。


「ちょっと! 長牙! 桃華様は?」

「蚩尤の国へ置いてきた」

「は? なんで! 桃華様、まだちっちゃいのに、そんな!!」


 桃華の世話係の青鳥。

 ワナワナと震えて怒っている。


「いや、そんなことを言っている場合じゃあないんです! それよりも、それよりも蓮華様!! 蓮華様はどこですか!」

「れ、蓮華様?? 蓮華様は、睡蓮様の代わりに蕨様のお世話を……場所は、どこだろう。お二人でお散歩するって言っていたけど」


 青鳥の言葉を聞いて駆け出す長牙。

 長牙の上で子喬は、ウロウロと動き回る長牙に置いて行かれないように、ひたすらしがみついている。


「蓮華様! 蓮華様!!」


 ええっと、蕨様とご一緒ということは……。右の部屋、左の部屋、地下、バルコニー、厨房、風呂場まで。

 あらゆる部屋に長牙が顔を出すが、蓮華の姿も蕨の姿もない。


「ちよ、長牙! 落ち着け!」

「だって、時間が! あらゆることが、遅くなればそれだけ悪化する! こうしている間にも小さな桃華様がどうなっていることか!」

「散歩だろう? 蓮華様は木の大仙女だろう? なら、小さな子をあやすのにどこへ行く?」

「そうか! 庭!!」


 子喬の言葉に、長牙がスピードを上げて庭へと向かう。

 そうだ。木の大仙女が、慣れない幼い子の子守りで、木々に頼らないわけがない。


「蓮華様!!」


 庭のすみで、蓮華と蕨を見つけて長牙は駆け寄る。

 蕨の手には、母の手縫いだというウサギのぬいぐるみがしっかりと握られている。


「桃華様の虎さん!」

「長牙!」


 蕨が嬉しそうに笑えば、蓮華がホッとした表情を見せる。

 手を焼いていたのだろう。

 蕨は大人しい良い子だけれども、祖母が老体に鞭打って早春の門を守りにゆく状況。

 蓮華は優しくとも、不安を感じないわけがない。


「蓮華様、九千年の桃を作りたいです! 今すぐ! お力を貸してください!」

「待って、意味が分からない。何がどうなっているの?」


 長牙は、蓮華に経緯を説明する。

 みるみる青ざめる蓮華。


「水月様のお命を繋ぎ止めるために、どうしても九千年の桃の実が要るのです!」

「で、でも! あの桃をすぐ作るには、膨大な仙力が必要よ。それに……」

「それに?」

「肝心の桃の種が! 桃の種が、この桃源郷には、今存在しないのです!」

「あ……」


 長牙が辺りを見渡せば、そこには青々とした木々。まだ花も咲いていない木々が立ち並んでいる。

 桃の木も、同じだ。


「桃源郷では、西王母の桃華様のお力によらないと桃は結実しません!」

「じゃあ、木ごと植え変えて別の場所に……」

「無理だよ。そんなもん! まず、根を痛めないように張り替えして、養生して、移動して土を掘り返して植えかえる。今、俺たちだけでできるわけがない!」


 木を運べば、長牙に人は運べない。

 何度も往復したとして、華奢な蓮華様と幼い蕨と子どもの子喬。

 とても桃の木を植えかえることは出来そうにない。

 

「あるよ。桃の種」


 そう言って、蕨が差し出したのは、いつも持っているウサギの人形。



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