第47話 九千年の桃

 天界 天帝。

 そんな物に逆らったらただでは済まぬ。


 そんなこと、仙界に住んでいる者ならば、誰でも知っている。


 だからこそ、天帝は実体なく天界からは出て来ない……はずだったのに。

 均衡は破られ、水月が亡くなれば、その力は天帝の元へ流れる。


「子喬、何か、何か水月様が力を取り戻す仙薬を知りませんか?」

「そんなのは、俺が出来る限りの仙薬は、試したって。虫の息でなんとか繋ぎ止めるのが精一杯だよ」


「えっと……うーん。例えば、高価過ぎて使えなかった材料とか、貴重過ぎて手に入らない材料とか。この長牙なら手に入れられるかもしれませんよ?」

「はぁ? 貴重??? そんなこと子どもの俺に突然言われても……」


 子喬は、腕を組んで考え込む。

 子どもでも何でも、子喬は優秀な仙薬作りだ。それは、桃華が飲んだ仙薬の利き目からも分かる。

 それに今は、もっと仙薬に詳しい大人を探したり、書庫の文献を漁ったりする時間はない。

 緊急事態だ。子喬に頼る以外に術がない。


「あれは? ほら、桃!」


 水月の横に付きっきりだった少年が、何かを思い出す。


「桃ですか? 桃なら桃源郷に……」

「ないだろう? 西王母が力を取り戻していない今。桃源郷には、桃の実は満足に。それにあれは特別な桃。九千年熟成させた桃じゃあないと」

「きゅ、九千年??? そんなぁ。悠長過ぎます……」


 長牙は、ガッカリする。

 今の桃源郷にそんな桃は一つもない。先代の桃華が亡くなってから、早春の門が閉じられてから、桃源郷の桃は一度枯れた。

 今は若い桃しかない。


「なんで、なんで九千年と必要なんですか?」

「桃源郷に満ちる仙力を大量に実に吸収させる必要があるから」


 即答だ。

 九千年分の仙力を桃に……。そんなの……出来るわけが……ある。いや、あるな。

 あの人の仙力を使えば、九千年は無理かもしれないけれども、似た物は作れるかもしれない。

 桃源郷の大気に力が足りないならば、あの場所に持って行けば良いんだ。


「子喬! ちょっと私の背中に乗ってしっかりつかまって下さい!!」


 何の説明もないままに、子喬を乗せて長牙が走り出す。

 

「お前! 猫! どこへ行くんだ!!」


 突風のように走る長牙の上で、子喬が長牙に聞く。


「行くんですよ! 崑崙山に! 木の仙女様を連れて!!」


 本当は、本当は、桃華の力を借りたい。

 でも、桃華は今、蚩尤の国で、驟雨を連れて戦っている。


 ならば、今その仕事ができるのは、木の大仙女、蓮華のみ。

 蓮華を崑崙山に連れて行き、仙力を込めた桃を作ってもらうのだ。

 そして、その桃で子喬が仙薬を作れば、水月は回復するかもしれない。


 崑崙山は、天帝の膝下。

 天帝の息のかかった仙女達がいる。

 どうにかやり遂げなければ……。

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