第42話 反撃

 とりあえず一度桃源郷に戻って、これから桃李のことや今後のことを考え直してみるつもりだったけれど、桃李に見つかってしまった。


 突然現れた領主である桃李に驚き戸惑う夫婦。


「り、領主様……いったい何事でございましょうか?」

「そこを退きなさい。巻き込まれたくなくば」


 桃李の気迫に夫婦は気圧されている。

 相変わらず、どんな風に勝つ見込みがあるのかはわからないが……。


 だが、やるしかない。


「子喬君? 君は一体領主様に何をしたの?」

「何をやったか知りませんが、領主様。まだ子どものやったことですから」


 慌てて私を庇おうとしてくれる夫婦。

 イタズラっ子の子喬が、領主である桃李に対してとんでもないイタズラをしたとでも思っているのだろう。


「馬鹿ね。騙されているのよ。あなた達」

「ごめんなさい。私、子喬じゃないの」


 私は、庇おうとする夫婦を押し退けて、桃李の前に出る。

 桃李は危険だ。

 私が逃げ隠れすれば、この親切な夫婦が犠牲になりかねない。


「私、桃源郷の西王母、桃華なの」


 そう。私は、桃華にならなければならないの。初めて自覚したかもしれない。

 この世界に来て、記憶もなく怖い蚩尤と散々戦って。

 心のどこかで、戻りたいって思っていたけれど。


 気づいた。私が、桃華として西王母として存在しなければ、桃李が西王母になる。

 そうすれば、この仙界全てがダメになる。


 それは、絶対に許してはいけない。

 私が西王母としてちゃんと立つことで、桃李を止めなきゃ!


「今は……ね。でも、もうすぐ西王母は、私になるの。安心して眠りなさい! お姉ちゃん」


 大気の中に突然現れた黒い渦が、夫婦の息子であるはずの蚩尤を包む。


 ああああ……。


 蚩尤の口から漏れる苦しそうな呻き声。堪らず夫婦が桃李に縋りつく。


「お止めください! 苦しがっております!」

「こんな……こんな苦しそうな姿を見るために、我が子の魂を差し出したのではないです!」


 口々に訴える夫婦。

 桃李は、冷たい視線を夫婦に向ける。


「どうせもう助からなかった命を私の力で使ってあげているの! 邪魔よ!」  


 桃李の能力。それは、私と同じ命を操る仙術。だって、私達は、二人で同じ魂だもの。そうね、そうよね。

 この岩だらけの命の息吹きが少ない国で、操る命といえば、そうなるのは頭では理解できる。

 でも、とても心が理解できない。

 

 ドンッと桃李に押された妻の袂から、転がり出たのは小さな干柿一つ。

 それを桃李は、鼻で笑う。


「私が桃華を倒して桃源郷を手に入れれば、あなた達の暮らしもそんな干柿なんて気にならないくらい豊かになるのに」


 桃李の言葉……違う、間違っている。

 桃源郷だって、皆普通に慎ましい生き方をしている。水月の治める仙人の国だってそうだ。


「桃李……貴女は、何もかも間違っている」


 私は、力を集中する。

 ……足りない。小さな私の体にある力では、まだ……。


 子喬がくれた仙薬。

 一気に飲み干せば、恐ろしい勢いで、体中の血液が巡り出す。


「さぁ……貴女は、自分が鼻で笑った物で滅ぼされるのよ」


 私が力を集中させた先にあるのは、たった一つの干柿。干柿の中の種は、私の力を受けて発芽した。

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