第41話 最低な話

 見知らぬ子どもである私を放っておけずに助けてくれた夫婦。この子ども好きな夫婦にちょっと気になったことを聞いてみる。


「あの……お子さんは?」


 向こうの世界で聞けば、失礼にあたるかも知れない話題。この世界だし、私、子どもだし。聞いても大丈夫に違いない。


 夫婦が顔を見合わせる。

 なんだか微妙な空気……。

 やっぱりこういう話題って、こちらの世界でも避けた方が良かったかも。


「いるよ。息子が」


 夫の方が前方を向いたままサラリと言う。

 少し……少しだけ妻の顔が歪む。


「いる。元気にしている。だが、一緒には住んでいない」


 ……そうなんだ。


 妻の表情から、子どもができない夫婦なのか、病気で亡くしたのかと想像していたが違うようだ。

 じゃあ、若い夫婦に見えるが本当はもっと年配で子どもも成人しているとか?


「お前と同じくらいの年頃かな? 名前は……呂秀」

「え?」


 私は驚く。

 だって、中身は成人した女性でも、私の今の見た目は、六歳程度。

 六歳程度の子どもが、両親と一緒に住んでいないとは、どういうことなのだろうか。

 私は考え込む。


「病気になって……会えなくなって。でも、領主様の元で、元気に国の守りの礎として活躍している」


 夫の不思議な言葉。

 つまりどういうことなのか、言葉そのままでは、意味が分からない。


 だが、私は、妻の目に涙が浮かんでいるのを見逃さなかった。


 それって、まさか?

 そういうことなの?


 私の頭にとんでもないことが浮かぶ。

 領主の桃李に使役されているのは、なぁに?

 この国の人々は、何を守りの礎にしているの?


 でも……そんな。

 だから、この国の人々はあの恐ろしい怪物である蚩尤を大切にしているの?

 そう思えば、腑に落ちることもある。


「見つけたわ! 美華!」


 私達の前に立ちはだかるのは、桃李。

 当然、蚩尤を従えている。


「呂秀……」


 私の耳に届いたのは、母親の苦しい呟き。

 

「グルルル」


 呂秀と呼ばれた蚩尤は、言葉にならない音をダラダラと涎を垂らしながら漏らす。

 私には、他の蚩尤と全く見分けがつかないが、夫婦には自分の子どもの成れの果てとわかるのだろう。


 私の目の前のこの怪物は、この夫婦の子どもだった物。

 蚩尤の正体とは、この国の人々の亡者の魂。


 そして、それを使役しているのが、私の妹。私の片割れ。この国を支配する桃李。

 妹が使うのは、とても自由にしてはいけない物だ。


「桃李……貴女、最低よ」


 私が顔を歪ませれば、桃李が見下したような表情をみせる。


「全てに恵まれている貴女には分からないこと。貴女は、何も知らなすぎるのよ」


 桃李は、私の言葉を、そう言って一蹴した。


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