第40話 蚩尤の国の人

「子喬……」

「ああ、仙界の子かな? 名前的に……」


 勝手に名前を使わせてもらったけれど、正解だったらしい。


「あの子じゃない? イタズラ好きの仙人の子ども!」

「確かに……じゃあ、この子があの噂の子なのかな?」


 子喬……そんな他国に有名になるほどのイタズラ好きなのか……。

 じゃあ、この子喬がくれた仙薬も、本当に仙薬なのか、ちょっと心配になる。


「なるほど。勝手に仙界を出て、他国まで迷子になるとは。噂以上のイタズラ者かも知れないな」


 夫婦者が楽しそうに笑う。

 ごめん、子喬。どうやら私のせいで悪い評判に拍車がかかってしまったかも。


「ごめんなさい。蚩尤の後をつけてみたら、この国に迷い込んで、道が分からなくなってそのまま出られなくなりました。国境に行きたいです……」


 このまま、このまま子喬のフリをして国を抜けたい。

 夫婦は、大笑いしながらも、国境まで案内してくれると約束した。

 私は、粗末な荷馬車の後ろにゴロゴロとした石の山と一緒に乗せられる。


 夫婦の話によれば、これは石炭。

 夫婦は、近くの炭鉱から街へ石炭を運搬することを生業にしているのだそうだ。

 他国にも赴き、石炭を売った金で食料は様々な品を買い求め、それをまた、自国に戻って売る。


 そういう生き方をしているのだそうだ。


 普通の生き方。

 普通の人たちだ。

 もっとこう……悪の秘密結社的な、そんな国なのかと思っていた。


「あの……蚩尤って何なのですか?」


 私が夫婦に聞いてみれば、夫婦は顔を見合わせて戸惑う。

 言ってはいけない秘密めいたものがあるのだろうか?


「私達もどう言っていいのか。全てを知っているのは、国主様だけ」

「そうね……蚩尤を操るのは、国主様の能力だもの」


 それは、私も見た。

 蚩尤を操っていたのは、私の妹だった。


「この国の人達は、普通の人たちでしょ?」

「そうね……でも、それは桃源郷でも仙人の国でも同じ」


 確かにその通りだ。

 仙人や仙女以外の普通の住人がいる。その人達は、仙術を操ることなく、ただありきたりの生活をしている。


「じゃあ、桃源郷や仙界の仙女や仙人にあたるのが、蚩尤?」

「そうなるのかなぁ……」


 国の守りの要だしね! と、夫婦は笑う。

 あれが国の守り? 他国へ行って暴れ回る蚩尤が? 知らないのだろうか。蚩尤が桃源郷で人々を襲っていたことを。

 でも、この夫婦は他国へも赴いて商売をしていると言っていた。知らないわけはないと思うのだけれど。


 この世界に来る前、日本で生活していた時にも、一般常識として、自分の正義や常識が、どこへいっても正しいとは限らないと知っていた。

 同じ物でも地方で価値観は違うし、国が違えば、信じる神すら変わる。


 それにしたって……あの蚩尤が守りの要とは。私には、か弱い人々を襲う大怪獣にしか見えないのだけれど。

 この国の人の感覚は、少しおかしいのかもしれない。


 

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