第33話 仙人の国を後にして

 水月に連れられて、またあの水月の書斎へ。

 

「茶は飲むか?」


 水月に言われて、私は首をフルフルと横に振る。

 そんな状況ではない。どうやって逃げるのかを頭をフル回転させて考えている。

 私が一言も話さないで警戒している様子を見て、水月は黙って戸棚から何かを取り出す。


 コトン。


 目の前に置かれたのは、胡弓。

 これって……水月が弾いていたものよね……?


「蚩尤の国に行くためには、必要な物だ」


 これがあれば、妹を探しに行ける。

 喉から手が出るほど欲しいが、ここで胡弓を手に取れば、私が桃華だと認めていることになるだろう。


 どうしよう……


「昔、ある男が妻を探しに蚩尤の国へ。その門番の気を反らすためには、胡弓の音色を使ったのだそうだ。闇に覆われし国。その王は、奥深い王宮に住まう。西王母・桃華の魂の欠片である妹は、その王宮にいるだろう。……蚩尤を統べる。誰も姿を見たことがないその国王は、世界を統べることを望んでいる。元は高貴な身」


 さすがは仙人の長。

 蚩尤についての知識は深い。

 

 ……桃華も……記憶がなくなる前の私も、蚩尤やその国王についても詳しかったのだろうか。

 残念ながら、全く覚えていないのだが。


「かつて大きな戦で仙人や仙女達によって退けられて、門番の守る国の深くで、力を取り戻すその時まで、苛立ちながらじっと閉じこもっているはずだ」


 独り言のように水月は語る。


「蚩尤の国。長牙の速さならば、難なく横切れる。門を過ぎて王宮にたどり着くのも容易だろう。だが、帰りは難しい。王宮に侵入した者を無事に帰してくれるほど蚩尤は甘くない」


 こちらを全く見ずに水月が語る言葉に私は耳を傾ける。

 長牙は、妹と私の二人を乗せて、行きと同じ速さで走れるだろうか……。

 だけれども、行かない訳にはいかない。だって、そこには、私の妹がいるのだから。


 たぶんだけれども、これ、もう正体はばれているよね。

 バレているのに、水月は、それを言及しなかった。


 ただ、「困ったら、胡弓の弦を引っ張れ」とだけ言って、そのまま部屋を出ていってしまった。机の上には、無防備に置かれた胡弓。


 私は、それを手に仙人の国を後にした。


「あれ? 早かったですね。もう一日かかるかと思っていましたのに」


 待ち合わせの場所へ向かえば、長牙がのんきに日向ぼっこしていた。

 シッポを立てて伸びをするさまは、大きな猫そのもの。


「うん……。思った以上に、収穫があったし」


 手にした胡弓を見て、長牙は、すごい! と、感心する。


「これって、水月様の胡弓ですか? よくそんなの手に入れられましたね」

「私もそう思う……」


 浮かぬ顔の私を、長牙は不思議そうに見ている。


「おい! 国へ帰るのか!!」


 言われて振り返れば、子喬が立っている。

 ポンと投げてよこしてきたのは、小さな袋。


「これ! やる!!」

「これは? 何?」

「丸薬だ。ちょっとした病や怪我なら治る!」


 生命に作用する私の仙力ならば、そういう物は、いらないかもしれないが、子喬の気持ちがうれしい。


「ありがとう!!」


 私は、素直に礼を言った。


 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る