第30話 逃げろ

 こんなお約束は求めていないんだけれども!

 蚩尤め。律儀に現れなくっていいってば!!


「に、逃げろ!!」

「大人を呼んで来なくちゃ!」


 少年たちは、慌てて逃げ惑う。

 この状況で、正体がバレないように少年達を助けるって、難しくない??


「こっち!! 木のトンネルがある!!」


 私は少年達を植物を操作して作ったトンネルに誘導する。

 体の大きな蚩尤にはくぐれないトンネル。

 小さな少年達がトンネルをくぐり抜けて走り逃げる間に、蚩尤は追うのにてこずるはずだ。


 ガガガガガガ!!!


 蚩尤がいら立って木を崩しながら追ってくる。


「急いで!! 後ろ!! 追ってくる!!」

「分かっている!!」


 トンネルの先は、国境の守衛場。

 そこにたどり着けば、大人の仙人が何人かいるはずだから、蚩尤を退治してもらえるはずだ。


 私一人で戦う事もできるが、それでは正体がバレてしまう。

 できれば、それは避けたい。


「くっそ! 負けてたまるかよ!」


 少年の一人が、踵を返して、蚩尤と立ち向かおうとする。

 え、ちょっと! それは止めてくれないかな?

 大人の仙人に素直に頼ろうよ。


 少年の手から放たれた炎は、蚩尤の一払いで消えてしまう。

 でしょうね。

 そうでしょうよ。

 散々苦労して戦ってきた私だ。

 その程度の炎では、蚩尤はびくともしないことは、分かっている。


 蚩尤の手が、少年を掴もうと迫ってくる。


「危ない!!」


 咄嗟に少年を庇った私を蚩尤が掴む。

 痛い!!


 蚩尤にむんずと掴まれて、体中がギリギリと痛む。


「に、逃げて!! 大人を呼んできて!! 早く!!!」


 自分のせいで私が捕まってしまったのだと呆然とする少年に、私は指示を送る。

 私の言葉に、少年は慌てて走り出す。


 ――良かった。これで、思う存分力を使って戦える。


 少年の姿を消えたところで、私は仙術を使う。

 蚩尤の左右から蔦が伸びてきて、蚩尤の腕に絡みつく。

 蔦を引き千切ろうと暴れる蚩尤は、私を手放す。


 蚩尤に乱暴に投げ飛ばされた私は、植物のクッションに守られて無事に着地する。


 ギャアアアア!!!


 蚩尤が吠える。

 私の仕業と気づいているのか、蚩尤の手が私を潰そうと襲ってくる。


 バアアアアン!!


 地面に穴が開くほどの衝撃。

 仙術で植物を操って逃げる私を、蚩尤が追う。

 蚩尤は追ってくるけれども、これほど植物が豊富な場所。

 私にとって有利な状況だ。

 植物は、私の姿をいともたやすく蚩尤から隠してくれる。

 このまま逃げて、大人に退治してもらって。「怖かった」とか言って怯えた様子で姿を現わせば、私が桃華だとはバレないだろう。

 運よく逃げられた幼い少年と思ってもらえるだろう。


「大丈夫か!!」


 声がした方を見れば、あの火を使う少年が立っている。


 嘘! 何で戻ってきたの??

 そんなの分かっている。責任を感じで心配してくれたのだろう。


 蚩尤が少年に気づいてしまった。

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