第2話 風を蹴って駆ける虎

 西王母とは、仙界の仙女の長。東の国に住まう東王父とうおうふと対をなし、生死を司り蚩尤しゆうを討つ。使い魔として青龍を従えているのだそうだ。

 白虎・長牙は、私を背に乗せて飛びながら説明する。

 長牙の背中はモフモフで、乗り心地はとても良い。ぬくぬくの毛足長めの毛布の上に載っている感覚。


「いずれ落ち着きましたら、東王父様にも会いに行きましょう。今は、王宮に向かっております」

長牙は、風の様な速さで空を駆ける。


 眼下には、この桃源郷という国の様子が目に入る。

 森で囲まれた国のそこここに桃の花が咲き、気候は穏やか。子ども達は駆け回り、大人たちは仙術を使って仕事をこなし生活をしている。


 仙術……修行によって体得した魔法のような物。飛行したり、火を出したり、水を出したり風を起こしたり、雷を落としたり、地震を起こしたり。火・水・木・金・土それぞれ得意とする技を駆使して生きている。


 私の行った仙術は、生死を司る西王母唯一の技なのだそうだ。息吹を吹き込み生を活性化させる唯一の能力。


「ねえ、そんな生死を司るなんてすごい技を使う西王母が、どうして死んだりなんかしたの?」

私が聞けば、


「それがね、色々とあるんですよ」

と長牙がため息をつく。


 色々……なんだろう? 


「ていうか、本来その辺りの記憶も転生した時に戻るはずなんですよ。それなのに貴女ときたら、全くお忘れのご様子。一体どういうことなのでしょう? この長牙を怖がるだなんて、本当訳が分かりません」


 訳が分からないのは、私です。


 唯一と言われる能力を使えたのだから、その桃華の生まれ変わりであるということは、認めざるを得ないのかもしれないけれども。一体何をどうしたらいいのやら。


 微妙に残る前世の記憶。コンビニで桃を買って食べた後にここに来たことは分かるのに、自分の名前は分からない。

 所々残る断片的な記憶には、パソコンを操作して仕事をしている記憶、クライアントと話をして図面に手を入れている記憶……。そうだ、明日から期間限定のスイーツが販売されるはずだったのに、食べ損ねちゃったんだ。

 食べたかったな。

 ホイップましましベリー全部載せスペシャルガトーショコラ。

 こだわりのダークチョコで作ったビターなガトーショコラに軽めのホイップを山盛りにして、ブラックベリー、ブルーベリー、ワイルドベリー、ストロベリー。甘酸っぱいベリー類をふんだんに添えてあるという話。ワクワクして待っていた。


 これだけ覚えていても、自分の名前は出てこない。

 不思議だ。


「ほら、着きましたよ。ここが代々の西王母桃華様のお住まいです」

長牙が着地したのは、石造りのバルコニー。


 私は、降りて建物を眺める。

 すごい。


 チベットのポタラ宮を思わせる鮮やかな色の建物。

 明るいオレンジ色の屋根。赤い細やかな細工の入った窓枠には、不思議な輝きのガラスがはめ込まれている。微妙な歪みが入った繊細なガラスは、太陽の光を反射して小さな虹を作っている。


「桃華様!! お帰りなさい!」


 青い髪の十五歳くらいに見える美少女が、こちらに文字通り飛んでくる。

 私は、ぎゅっと抱きしめられてしまう。


「な、何? 誰?」

「いやだなぁ! 青鳥せいちょうですよ! お食事係です!」

「青鳥、悪い。まだ桃華様は、記憶が完全には戻られていないんだ」

「えっ! わ、だからこんな風に幼い姿なのですね! ちょっと、長牙! やっぱりあなたがお迎えが遅れたから、こんなことになったんじゃないの? だから私は、早く行って顕現をその場所でお迎えした方が良いと言ったでしょう?」


 私の頭をナデナデと撫で繰り回しながら青鳥が長牙を叱る。


「それが原因とは限らないだろ? 桃華様をこうやって王宮にお連れできたのだから、それは追々原因究明して調べればいいんだよ!」

長牙が言い返す。


 とりあえず、この二人は私の味方ということだ。それだけは、なんとなく分かる。

 ……たぶん。








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