十九膳目:十一月某日(月)あっという間に次の季節へと泳いでいってしまった、旬の秋刀魚
「…………あれ? そういえば、今年ってアレ食べたっけ?」
某日のある朝。
眠気の覚めない頭を無理やり起こしながら、今日の朝食は何を作ろうかと冷蔵庫をのぞいてみる。
卵にハムに、ウインナー。鮭に豆腐に作り置き用の小松菜と油揚げの煮浸し。
洋も和も、どちらでも大丈夫そうだ。
ただ、今朝の口は完全に『魚』。
今日は、和の献立にしよう。
昔は、実家にいた時も、自分で料理を作り始めた時も、献立のほとんどは肉料理がメインだった。
朝食は、卵料理を食べることが週の半分以上だったと記憶している。
魚料理を食べるのは、ごく稀。しかも、積極的に食べなかったので、料理レパートリーもそれほど多くはなかった。
ただ、いつ頃からだろう。
『今日は、何を作ろうか』とネタ探しに料理レシピ本のページを開けば、いつの間にか見ているところは魚料理のページだったり、本屋でパラパラとめくる料理雑誌でも眺めるのはやはり魚料理が載っている箇所だったり。
昔は、あの鼻につく生臭さが食べることへの拒否感を示していたのに、年齢を重ねるごとにそれは薄れ、身の旨味と柔らかさ、魚独特の油の美味しさをより舌で感じられるようになってきたのだ。
そのため、今では朝食で出す魚の頻度は、週の半分以上になる時もある。
そんなことを考えながら手を動かしていると、はたと気づく。
「……あれ? 今年の秋刀魚……って、食べたよね? まさか、一回だけ? あれ? もっと食べなかったっけ? いや、あれ? でも、あの時の夕食に出したきり買ってない、かも……?」
魚焼きグリルの中で、パチパチと音を立てながら、香ばしい香りと食欲をそそるジュワリとした脂身が膨らんでいくあの光景。
長皿に焼き立ての秋刀魚を乗せ、そこに半切りにしたかぼすの果汁をシュワリと満遍なく垂らしていく。
五感全てに『旨いっ!』と訴えかけてくる、あの光景。
特に、旬の秋刀魚のあの身の美味しさといったら。
なのに、今年はその旨味を感じられたのはほんの僅かだったことに、今さら気づいてしまった。
ニュースでは、今年の水揚げ量は好調だと聞いていたから、去年よりもたくさん食べることができると楽しみにしていたのに。
振り返ってみれば、結局、一度しか口に運んでいなかったのだ。
嗚呼、不覚。何ということだ。
秋刀魚も、そんなに急いで次の季節へ行かなくていいのに。
時すでに遅し。今年の旬、終了。
「――、おはよう……。ご飯だよ」
いつもより低めのトーンで、我が家の寝ぼすけ坊主に声をかける。
旬の魚ではないけれど。
しっかりと朝ご飯を食べて。
今日も元気に、いってらっしゃい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます