三膳目:四月某日(月)消えた主役


 ――やってしまった。完全に油断してた。

 毎朝、必ず最初に顔を覗かせる場所。いつもであれば、白くつやつやの光とともに、ふっくらとした香りが広がるはずだった。


 なのに、ない。

 何も、ない。


 目の前には、真空のポッカリと広がる暗闇。香りも情景も、何もない。ただの無機質な光景のみが眼前に見えるだけだった。頭の中だけに、真っ白な光景が広がっていく。

 しかし、呆然と佇むのは僅か三秒。それ以上は、手を止めることは許されない。


 間に合うか?


 リビングに置いてある時計を見ると、寝ぼすけ坊主を起こす朝七時まで残り二十分。炊飯器を高速炊きにセットしても三十分強はかかってしまう。ようやく春休みが終わり、『朝ごはん作り+夜ごはんの仕込み+お弁当作り』の三連コンボが終わったので、少しゆっくりできると思ったらこれだ。いや、完全に自業自得なのだけれど。

 そんなことを頭の中で反芻しながら、手と体は無我夢中にフル回転。大急ぎでご飯三合を水で洗い、炊飯器にも高速フル回転してもらう。

 ワンプレートおかずも、高速で作れるものにしなければ。冷蔵庫の奥でやや萎びかかっていたレタスを冷水でシャキッとさせ、大きめの丸いトマトをスッとくし切りにする。メインのおかずは、今日が日切れのハムを細切りにして、溶き卵とかき混ぜる。塩コショウ、しょうゆをひとタラ入れたら、熱したフライパンで一気にかき混ぜて完成。後は、ウインナーで勘弁してもらおう。お味噌汁は豆腐とワカメを浮かばせて、出来上がり。


 ……ご飯以外は、何とか間に合った。で、主役のご飯は冷凍組。ここぞというときにとても頼りになる。良かった。ギリギリ残り一つ。今日の朝で、今年全ての運をフル活用してしまったかもしれないが、とにかく一人分のご飯は間に合った。ありがとう、朝ごはんの神様。自分の今日一日分のエネルギーは、この騒動で枯渇してしまったけれど。




「――、おはよう! ご飯ですよ」



 今日も元気に、いってらっしゃい。


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