二膳目:三月某日(木)貴重なキミだったのに!

 ジュウ、ジュワッ。


 熱した大きめのフライパンにとろっとした油を引き、その上に粗塩をパラパラと振りかける。

 あらかじめ出しておいた卵を五つ、お互いの殻にぶつけ合わせてフライパンへとゆっくり落とし込む。

 火加減を調整しながらじっくりと、卵の黄身が黄金色に照らし出されてくるのを見るのが近頃の朝の楽しみだ。

 てらりと黄身のツヤが確認できると、口出しが細いコーヒーケトルを使ってフライパンに少量の水を流し込む。焼き加減は半熟と硬めのギリギリのところが好みなので、僅かな時間だけフライパンの蓋をして調整する。

 ただし、その日の気温や卵、そして自分の眠さ加減によってでき具合はまちまちだ。毎日、均一の好みの硬さにできる人が羨ましい。


 しかも、ここ数ヶ月は鳥インフルエンザの感染拡大で、卵の価格が見たこともないくらい跳ね上がっている。

 近所のスーパーで普段購入していた金額より60円以上の値上がり。お一人様一パックまで。にもかかわらず、店頭の卵が品切れでまったく買えない日もあるのだ。

 いつもは絶対に手を出そうとしない高級赤玉卵ですらも、その姿を見せていない。

 オムレツ、だし巻き、スクランブルエッグ。家族中卵料理が大好きなのに、今は作るのを躊躇してしまう。

 今日の目玉焼きすら、今週初めて作ったくらいだ。卵を五つも使うという躊躇いなど、これまで持ったことがない。

 本当に、困った。



「……あっ、失敗した」



 やってしまった。鮮やかな黄金色がぼやけた薄黄色になっている。焼き過ぎだ。

 卵の値上がりという悶々とした気持ちに頭が支配され、絶妙な焼き加減の声を聞きそびれてしまった。

 せっかくの“奮発した“目玉焼き。

 彩りを添えるのは、濃い鮮やかな緑色のブッコローとくし切りにしたみずみずしいトマト。

 歯を立てながらパリッと薄皮噛じれば、中からジュワッと肉汁が口いっぱいに染み渡るウインナーもお供に。


 楽しみにしてたのに。どうせなら、絶妙な焼き加減で食べたかった。



「――、……おはよう。ご飯だよ。」



 心無しか、二階で寝ている寝ぼすけ坊主を起こす毎度の声も、トーンが下がる。

 それでも、目玉焼きは目玉焼き。黄身はキミだ。しっかり食べて、気持ちを立て直そう。


 今日も元気に、いってらっしゃい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る