朝食で彩られる日々是々

たや

一膳目:うちのスタイル

 ピピッ、ピピピッ、ピピピピピッ――



 耳元で、いつものアラームが鳴り響く。

 スマートフォンに表示された画面を見ると、朝六時。


 ……まだ寝たい。起きたくない。


 一度目のアラームでは絶対に決心がつかないとわかっているので、二度目のアラームは六時二十分に設定してある。

 ちなみに、スヌーズ機能は使っていない。六時三十分ではなく『二十分』としているのは、二度寝できたという満足感が得られるギリギリのリミットが二十分だったという自己経験からと、"三十分も二度寝しないで、それより十分早く頑張って起きる自分エライっ!”という、細やかなこだわりからだ。

 絶対に誰にもわかってもらえないだろうが、『二十分』という時間は自分なりの頑張っている証なのだ。


 ちなみに、一緒に過ごしてから十数年、幼き頃に初めて出会った年数も含めると、もう三十年以上経っている連れ合いは、目覚まし時計を使わなくても自分が決めた起床時間にスッと起きるタイプ。

 どんなに夜遅く寝ても、早朝に起きることが出来るタイプなので、絶対にこの自分の“くだらないこだわり"はわかってもらえない。

 ……自分の『六時二十分に頑張って起きてる!』気持ちは、きっと一生わかってもらえないだろう。


 と、長々二度寝のことを語っても、朝ご飯を準備するには時間としてギリギリのライン。

 しかも、家を出ていく七時半までに連れ合いと自分用のお弁当、あわせて夜ご飯の仕込みも終わらせておかなければならない。

 とにかく、一分一秒も無駄にはできない朝の時間を、同時作業という荒業で何とかこなしている。


 できるだけ朝の僅かな時間を寝る時間として使えるよう……、いや、有効活用できるよう、前日の夜にある程度のおかずは仕込んである。

 青物野菜の下ゆでや和物、きんぴら類の副菜などはもちろんのこと、冷蔵庫の中身を見て次の日の朝食メニューを頭の中で組み立てておく。

 これは全て、『できるだけ朝に寝るための時間を作れるようにするため』であって、自分は決して要領よく器用にこなせる人間ではない。決して。あしからず。


 しかし、年を重ねると処理速度も落ちてくるようで、昔はリビングに置いてあるテレビをつけながらこなしていた作業が、ここ最近は明らかにパフォーマンスレベルが落ちていると感じ、今ではもっぱらテレビもつけずに無音の世界で朝の作業をこなしている。

 テレビの音がないと違和感を感じると思っていたが、意外に自然と溶け込んだ。無音の世界は、食物が、道具が奏でる本来の音をダイレクトに体全身に感じさせてくれる。


 炊飯器の蓋を開けた瞬間、温かい湯気と同時に炊きたての柔らかい米粒がプチプチと囁く音。

 トントンと小気味よいまな板と包丁のハーモニーの中で、ザクッザクザクッ、シュシュッ、タンッタタンッと野菜から出るリズミカルな響き。

 ジュウ、ジュワジュワッと勢いよく飛び出すフライパンと油の大きな音の重なり。

 そして、魚焼きグリルから聴こえる、魚の上皮がはぜる音。


 聴こえる音から、朝食のでき具合がイメージされる。うん、今日はなかなか良い感じ。


 皮までパリパリに焼いた極醸塩銀鮭に、少し甘めの卵焼き。ほうれん草のポン酢和えにプチトマトを飾り、後はイチョウ切りにした薄切りハムを飾るだけ。

 立体感を出すために、ポン酢で染められたほうれん草の背中を借りて薄ピンクのハムを扇の形へ広げ、立てかける。

 すべてワンプレートの中で彩られるおかずたち。寝起きで食欲がなくても、赤、緑、黄色の色どりで少しでも口に運ぶ意欲を引き立ててもらう。

 お味噌汁作りは、おかずと同時進行。今日の具材は、同居しているジジババの畑で大量に取れた大根と白菜。

 それら野菜はふわりとした味噌の香りに包まれ、さらに食欲を引き出してくれることだろう。


 リビングにある丸い壁掛け時計を見ると、もうすでに針は六時五十八分を示していた。

 七時には、この春で中学最後の学年を過ごすことになる我が家の寝ぼすけ坊主を起こさなければならない。

 今日もギリギリ間に合った朝の献立と箸をテーブルへ運び、最後にコップ一杯の牛乳を右脇に並べ置く。


「――、おはよう。ご飯ですよ。」



 今日も元気に、いってらっしゃい。

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