Theory(セオリー)
「笑みの葬列」
――隙間なく、人が密集する体育館。
半透明の肉体。
マジックペンで引いたような記号のような笑顔。
人工的な表情が張り付いた人々が群れとなり、列をなす。
「え、あれ…?」
そんな人混みの中で一人の青年が声をあげる。
「何だ…これ?」
声を上げた口元が透過し、顔、首も次第に透き通っていく。
それに周りにいた半透明の人間も気づいたらしく、彼の周りに彼らは集まると、手や足に触れ、その部分からさらに透過は進む。
「そんな、あ…?』
透過が全身に広がり、青年の体にいくつかノイズが走ると、彼も半透明の人々と同じ、顔に笑顔の記号が浮き上がる。
『…』
もはや、物言わぬ青年。
彼は周りの半透明の人々と同じように歩き出す。
『――ここでは、声を上げないでください』
その様子を勇は体育館のギャラリーから眺める。
(…さもないと、ああなってしまう)
ものの数秒の出来事。
その間も、勇の周りを半透明の人々が歩いていく。
(俺も、彼のように人ではなくなってしまうのか?)
建物の外にも中にも半透明の人々はひしめき合うようにただ歩き続けていた。
*
「――お前さんの今後についてだが」
病院から送られてきた検査結果の用紙をチラリと見るなり「よし、放射線量も大したことないし、特異な症状も出てはいないようだな」と川端は送られてきた封筒に戻し、勇に渡す。
「とりあえずプログラムへの参加が続いている以上は、お前さんの考えを主体としつつ、政府にいる俺のダチに手伝ってもらおうと考えている」
「…ん?あの場所に行くのって一、二回じゃ無いの」
思わず口をついた言葉に「続くことが多いんだよ」と先日のプログラムで勇が撮影した金髪碧眼をしたシスターの画像をパソコン越しに眺める。
「一、二回なんて稀だし。ペースも月イチか週に二、三回と個人的にまちまち。あげく、どこに居ても何をしていても強制的に参加させられる」
「…ちなみに」と、川端は言葉を続ける。
「まだ、お前さんがそうなることはないと思うが、プログラムに参加することが無くなった状態――俺たちは【安定】と呼んでいるが、そうなると行きたくてもいけない状態になる」
(…いや、行く必要なんてどこにもないじゃん)
そんなことを考える勇に「そうそう、因みにお前さんは将来なりたいものとかあるか?」と突然の質問をする川端。
「は?まあ、漫画家だけど…」
そう言い淀む勇に「ああ、そういえば。初日に原稿を持っていたものな」と、合点のいったような顔をする川端。
「もし、必要ならアシスタントでも紹介するか?もっとも、普段からプログラムに参加する確率の方が高いだろうから、空いた時間に自分の作品を描いて編集者に見てもらった方が良いかもしれないけどな」
「余計な、お世話だよ!」
思わずそう言い返しつつ「…で、その娘は何なのさ」と勇は画面に映る女性に指をさす。
「この女も、前と同じで何かしらの事情がある人間なんだろ?」
それに川端は「NPOの活動家。現地の畑作を手伝う中で地雷で吹き飛んでいる」と答えてみせる。
「前に土地を占領していた軍が埋めたものだそうだが、遺体が返されたときには棺の蓋が開けられないほどの姿になっていたそうだ…だが、写真で見る限りでは傷跡のようなものも見受けられない――妙なこった」
そう言って、無精髭を触る川端に「あのさ、気になってるんだけど」と勇。
「アンタは、どれくらいの頻度で向こうに行っていたんだ?」
「…ん、俺の治療プログラムについてか?」と尋ねる川端。
それに「ああ」と勇は答えると「俺を保護したいとは聞くけどさ、調査ばかりで自分の話は何もしてこない。これじゃあ不公平だ」と唇を尖らせる。
それに「――まあ、初めて参加させられたのは、就職活動中からの入院していた親父の葬儀が決まったときだからな」と頬をかく川端。
「親戚なしの文無しで、お袋も無くなっちまっていたし。保険料がまだ入らない中で家のことや葬儀代をどうするか悩んでいる最中でな…かなり大変だったよ」
「それ、ヤバじゃん」
「ああ、ヤバヤバだったな」と川端。
「だが、偶然政府の秘書官をしている奴と一緒にプログラムを受ける羽目になってな、奴さんも随分とショックを受けていたが、何とか互いに生還をして、奴も俺の事情を知って、金の工面から仕事まで手を貸してくれたんだ」
「ふーん、良かったじゃん」と、川端の様子に皮肉を飛ばす勇。
「…で、今では互いに【安定】して、俺たちのように巻き込まれた人間を助けるのが仕事ってわけかい」
それに川端は「うんにゃ、そいつは違う」と頭を振る。
「少なくとも、俺は【安定】したか分からないし――奴にいたっては…」
*
『公務員である以上、公務は大事だし残りの有休も少ないからね――時間休で、何とかなれば良いんだけど』
差し出されたスマートフォンのメモ機能。
ディスプレイを見せるのはメガネをかけた若いスーツ姿の男性。
『さっきの青年は可哀想だった。でも、勇くんと合流できてよかったよ。僕は
政府の秘書官を務めるという片岡。
半透明の人間がひしめき合う中、彼は勇に向かって微笑んでみせた。
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