鬼と族長5
「ごめん。姉ちゃんの様子がおかしいから、後をつけてきたんだ」
勇太はかすみには素直に謝ったが、烈火のことはギッと睨んだ。
かすみを守ろうと必死なのだ。
ただ、勇太の烈火を見る目は、鬼に対する憎しみからくるものではなかった。
初恋の姉さんがとられたという嫉妬の目に他ならない。
烈火は、それを察し苦笑した。
族長に、ああはいったものの人間のかすみと鬼である自分に恋愛関係など成り立つはずがないのに、どうしてそんなに必死な様子で心配しているのか。
人間と鬼という絶対的な壁を飛び越え、少年が烈火を『鬼』である前に『男』として認識していることに好感を持った。
「ぼうず、朝飯を食うか?」
かすみが朝食を作ってくれたおかげで、烈火は朝からうまい飯にありつけている。
「だ、誰が鬼と一緒に飯なんか食うか!」
言葉に反してぐうと腹が鳴る。
真っ赤になる勇太を促して、朝食を囲む。
たくわんとみそ汁と麦飯という質素なものだったが、鬼族にとって穀類は麦すらごちそうであった。
勇太は、黙って飯を食った。その間、落ち着かないのかチラリと烈火をのぞき見る。
勇太の目は、烈火の顔から角へ向けられる。
日焼けした肌に、金の双眸。
拳大ほどに伸びる一対の角。
まさに異形の姿。
烈火と目が合うと、蛇に睨まれた蛙とばかりにびくっと動きを止めた。
「ぼうず、心配するな。何もしやしない」
烈火の言葉に、勇太は大人の男の余裕を感じ悔しまぎれに食ってかかる。
「分かるもんか! お前は鬼じゃないか! 熊を素手で殺したり、人を食ったりするんだろ!?」
そんな男が、鬼が、かすみ姉ちゃんにふさわしいわけがない!
今まで、いっぱい苦労してきたんだから姉ちゃんは幸せにならないといけないんだ。
勇太は、烈火という存在を認めたくなかった。
勇太の言葉は、鬼への偏見からではなく村の大人たちがそう言って聞かせているためだ。
村の者は、鬼と会ったことなどないのにもかかわらずそのような噂を信じている。
勇太が悪いわけではない。
けれど、鬼の少女は眉を吊り上げ鼻息荒く怒りをあらわにする。
「ばっかじゃないの? 人間なんて不味そうな動物食べたりしないわよ!」
「ま、まずそうだ~!?」
拳を上げた勇太に、つばめは『あっかんべー!』と舌を出す。
このやりとりを、烈火は暖かく見守ってやりたいところだったがそうはいかなかった。
つばめは、族長の娘だ。ここでのことを話せば、かすみのことだけでなくさらに問題が増える。
「つばめ。すまないが、今日のことは黙っていて欲しい」
かすみのことを秘密にしてくれたつばめが、人間の少年のことも口止めしないでも黙っていてくれると烈火には分かっていた。
ただ、それを言葉にしないで汲んでくれというのはあまりにも身勝手な振る舞いだと思い、口にせずにはいられなかったのだ。
「言わないよ! だって、烈火が困るでしょ? きっとお父さんは、烈火のことひどく怒ると思うし。わたし言わない……かすみのことだって言ってないよ!」
烈火は、分かっていると頷きつばめの頭をなでたあと振り返った。
その顔は、強張っていてひどく苦しそうだった。
言いたくないが、言わなければいけないことを言おうとしているのだ
かすみは何を言われるかわかる気がした。
「かすみ、もうここには来るな」
やはり……と、 かすみは、肩を落とした。
いつか言われるとは思っていたが、面と向かって言われると胸が締め付けられた。
烈火とはなにか気持ちの通じるものがあった。
孤独を分け合あって余りあるものが。
薬師の女先生でもなく、父のいない可哀想な娘でもない。
烈火の前では、なんの肩書もなく『かすみ』という一人の女になれた。
淡雪桜で救われて以降、烈火の隣はかすみにとってとても居心地の良い場所となっていた。
決別の言葉は、その場所を失うことだ。
かすみは、即答することができず
爪の先が白くなるほどきつく。
初めて見るかすみの頼りなげな様子に烈火は目をそむけた。
かすみのため、人間のためにはこれしかないからだ。
「鬼と人間が出会うということが何を意味するのか……賢いお前には分かっているな」
「賢くなんかない。分からないわ……」
聞きたくないとばかりに、かすみは頭を振る。
「鬼と人間が出会うことは、争いが起こると言うこと。いずれ、命が奪われる」
「それは、今までのことでこれからは違うかもしれない! 人間も鬼も共存できるわきっと!」
「お前は、大人だ。それが容易なことではないと言わなくても分かるだろう」
かすみに逃げ場はなかった。なぜなら、烈火の言うことは正しいからだ。
「今、お前がやらなければいけないのは、その子供を無事に村につれて帰ることだ」
かすみはうつむき下唇を噛んだ。
烈火は山に住む鬼で、かすみは里に住む人間。
自分の気持ちよりも、今は勇太の安全や里の人間と鬼との均衡を守ることを考えなければいけなかった。
「ええ、そうね……。困らせてごめんなさい。とにかく、今日は村へ帰るわ」
かすみは、青ざめながらもすべきことを自覚した。
烈火とて、別れを切り出したとき苦しそうな顔をしたことを思い、かすみだけが辛いわけではないと心に言い聞かせた。
「それがいいだろう」
静かに烈火が言うと、勇太は
「なんだい、偉そうに! もう二度と来るもんか!」
「烈火に、なんて口利くのよ! 村で一番力持ちなんだからね。熊だって素手で絞め殺せるんだから!」
それを聞いて、勇太が身を
「い、行こうかすみ姉ちゃん」
今までとは明らかに違う、恐怖で怯えた目で見られ、烈火は突然、自分が忌まわしい化け物にでもなったように感じ視線を
そんな、烈火をかすみは勇太に手をひかれながら名残惜しそうに見つめていた。
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