鬼と族長6

 かすみは、烈火に言われた通り素直に山を降りた。

 その道すがら、おずおずと勇太が口を開く。


「かすみ姉ちゃん……」


「なぁに、勇太」


 かすみは、勇太に微笑む。

 その笑みは吹けば飛ぶほどに脆そうで、勇太の心は痛んだ。


「あいつ、鬼なんだよな……? 金目だし、角が生えているし、熊も素手で絞め殺せるって言ったし」


「そうね。烈火は鬼よ」


「鬼は、人を殺す悪いやつらなんだよな……?」


 勇太は、そんな鬼からかすみを守ったのだ。

 だから、心を痛める必要はないと自分に言い聞かせようとしている。


「決め付けては、何も見えてこないわ。わたしは、烈火もつばめもそんなことは絶対しないと思うの」


 言い切るかすみに、勇太は食い下がる。


「どうしてあいつらの肩をもつんだよ!

 かすみ姉ちゃんおかしいよ!!」


「烈火はね。山で倒れていたわたしを助けて介抱してくれたの。それに、巣から落ちた鳥の雛を助け、大事に世話をしていた。

 わたしは、烈火もつばめちゃんも優しい鬼だと思うの」


「やさしい鬼? 俺にはわかんねぇよ……」


 困惑する勇太に、かすみはなんと説明すればいいのか考えた。


「勇太、上手く言えないのだけれど。

 人の噂ではなく、わたしは自分の目で見たことを信じたいと思うの」


 自然と出た言葉が、以前祖父に問いたかった山の地図の空白の答えだとかすみは感じた。

 人づての話ではなく、自分の目で見たことを信じ、自らの手で空白を埋めなさいという意味だったのだと今ならわかる。

 祖父は、鬼を知っていてかすみを信じてくれたのだと。


「俺、わかんねぇんだ。

 俺から目をそらしたあの鬼は……烈火は、悲しそうな目をしてた」


 勇太は、つないだ手をぎゅっと握る。

 かすみは、勇太の言葉に涙がこぼれそうになるのを堪えた。

 子供は真実を感じ取る力を持っている。

 だからこそ、村人が押し付けている鬼への先入観と自分の感じたことの間で悩む。


 烈火は、優しい鬼だ。

 本当に、優しい鬼なのだ……。


 子供は、それを感じ取っている。

 きっと、人間と鬼は共に生きることができる。


 かすみは、この純粋な子供の言葉に勇気づけられる気がした。


 *


「烈火……、もう、かすみ来ないの?」


 烈火の作業している手が止まった。

 かすみが来なくなってから七日ほどたっていた。

 つばめが遊びに来ているというのに、部屋が広く感じた。


 二度と来るなと言ったのは自分であったはずなのに、改めてその事実を目の当たりにすると烈火の心はひどく空虚な感じがした。

 同族の鬼からも、人間に助けられたという理由で疎まれている烈火にとってかすみは初めてできた同じ歳頃の友であった。

 かすみは、いつも真っ直ぐに烈火を見て微笑んでくれた。

 それは、もう手の届かない遠いところへ行ってしまったのだと思うと彼は今まで感じたことのない、孤独感にさいなまれた。


「ねぇ、本当に来ないのぉ?」


 つばめの泣きそうな声に、烈火は返事ができなかった。

 『そうだ』と言ってしまえば、本当にかすみが来ない事実を受け入れなければいけないような気がしたのだ。


「人間だけど、かすみは特別だったよ。トビを助けてくれたし、すごくやさしかった」


「ああ……」


 烈火は、今にも雨が降り出しそうな空を見上げながら、力なく相槌あいづちを打つとかすみとの日々を思い出した。



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