鬼とオニユリ9


 村には、烈火の帰りを信じ必死に勇太を看病するかすみの姿があった。


 烈火が走り去った後、村の者たちの多くが自分もなにかできることがないかと手伝いを申し出てくれたおかげで、道具や薬のそろう自宅へ勇太を移動できたことをありがたく思った。

 かすみは、勇太の為に冷たい井戸水を汲みに出ると長い緊張からいっとき解放され、大きく外の空気を吸う。


 熱さましで熱が一時下がった勇太だが、まだ予断を許さない状態は続いていた。

 薬が切れれば、下がった熱は再びぶり返すだろう。けれど、熱冷ましと痛み止めの調合薬はもうない。

 薬草が間に合わなければ、怪我で血を多く流した子供の体力では勇太は持ちこたえられないかもしれない。


 その考えが頭をよぎった時、かすみは足元が崩れ去るような気がし、ふらふらと地べたにしゃがみ込んだ。

 かすみの力では、もうどうすることもできなかった。


 勇太の体力、生命力を信じ、烈火が薬草を持ち帰ってくれることを祈るしかすべはない。


 烈火の傷のことも気がかりだった。

 村人に殴られた怪我の他に、角までも折っている。


 血で染まった額、紫色になった頬や腕の痣。

 見た目よりももっと深い傷もあったかもしれないと思うと悪い考えしか浮かばず、かすみは震えた。


 頑健な鬼とは言えあれだけの傷を負い山を駆けることなどできるのだろうか、途中で倒れたりしていないだろうか。


 自分はとてつもなく無理なことを願ったのかもしれない……。


 かすみは、烈火の命まで失われるようなことがあったらと思い身震いする。

 自分の両肘を抱き震えを抑えようとしたが、大きくなるばかりでとめることが出来なかった。


 どうしたらいいの……。

 大切な人が、みんないなくなってしまう。


 勇太と烈火を失うという恐ろしい考えが消え去らず、胸が万力で締めあげられるような気がし、かすみは息が苦しくなる。


「烈っ火……、お願い……無事に……っ!」


 涙があふれ、思いが声にならない。

 こぼれ落ちたしずくが、帯に留めていた烈火にもらった鈴を濡らす。


 ――― リィィン。リィィン。リィィン。


 澄んだ音色がかすみを優しく包み込む。

 その音に耳を澄ますと、恐れは小さくなりいつしか震えが止まっていた。


 怯え、絶望し、泣いていても誰も救えない……。


 そのことをよく知っているかすみは、涙をぬぐい今自分に何ができるか考えた。

 それは、烈火を信じ待つこと。


 ただ待っているだけではない、烈火が帰ってきたらかすみには薬草を煎じる作業が残っている。

 烈火の傷の治療も必要だ。


 そのために、水も包帯もなにもかも準備をしておかなければならない。


 自分は、薬師なのだ。ただ震え泣くことが仕事ではない。


 今できることを精いっぱいやるだけだ。


 きっと、烈火は帰ってくる。


 かすみは、気合を入れて両頬をぱんと叩くと再び力強く立ち上がった。


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